Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)
「国立国語研究所って何をしているの?」、「中学・高校の国語教科書を作る研究所?」——こういった質問を市民のみなさまから受けることがあります。本研究所がどのような研究をしているのか、それが学術的にどのように重要で社会にどう役立つのかといったことを、言語の専門家だけでなく一般社会にも幅広く知っていただくため、従来の専門家向け機関誌『国語研プロジェクトレビュー』を刷新し、一般向けの研究情報誌『国語研ことばの波止場』を新たに創刊いたしました。
「波止場」という言葉で昭和時代の歌謡曲や映画を思い浮かべる方々には、「ことばの波止場」というネーミングはいささかレトロかも知れません。しかし、波止場の意味を「船が停泊する埠頭」という限られた場所だけでなく、埠頭を含む「港」全体を指す(意味論でいうメトニミー)と理解すれば、このネーミングが妙を得ていることがお分かりいただけるでしょう。生まれも育ちも港町・神戸の私にとって、「港」というと全国及び諸外国の船舶が往来する物産・文化・人の交流点というイメージが強いです。『ことばの波止場』という誌名もそのようなイメージで捉えていただくと、本研究所の役割が理解しやすくなります。
大学共同利用機関は、我が国の学術を先導する研究機関として国内外の大学研究者とともに共同研究を行う機関です。とりわけ国立国語研究所は、日本語に関する研究情報を多方面から収集するとともに、国内外の大学や研究所と連携して共同研究を行い、その研究成果・情報を全国、全世界に向けて発信・提供する役目を担っています。つまり、日本語研究に関する全国的・国際的な港(波止場、中継点)なのです。
国立国語研究所は2つの研究軸を持っています。1つは、コミュニケーションの手段としての日本語が持つ社会的・実際的な側面を重視した「ウチ」からの視点による研究です。これには各地の方言や消滅危機言語の研究、大規模に電子化された現代及び過去の日本語資料の研究があります。
もう1つは、人類言語のひとつとしての日本語の普遍的な性質と独自性を重視した「ソト」からの視点による研究です。一般言語学や外国語との対照研究による研究がそれに当たります。
この2つの研究軸を取り結ぶのが、ウチの視点とソトの視点の交差点に立つ、外国人(非母語話者)の日本語学習・教育に関する研究です。本研究所の強みは、1つの研究所の中でこれら3つの異なる視点を総合した研究を行っていることです。
ソトからの視点 | ❶対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法 |
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❷統語・意味解析コーパスの開発と言語研究 | |
ウチからの視点 | ❸日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成 |
❹通時コーパスの構築と日本語史研究の新展開 | |
❺大規模日常会話コーパスに基づく話し言葉の多角的研究 | |
ウチとソトの接点 | ❻日本語学習者のコミュニケーションの多角的解明 |
2016年度から6年間、研究活動の大黒柱となるのは「多様な言語資源に基づく総合的日本語研究の開拓」という大きな研究テーマです。それを実行するのが表にある6件の大型共同研究プロジェクトです。❶❷は日本語をソトから見る視点、❸❹❺は日本語をウチから見る視点、そして❻はウチとソトの視点が交差する研究です。いずれも、大量の言語データを収集・解析し、コーパスやデータベースといった「言語資源」を提供するとともに、プロジェクトが相互に連携することで新たな研究の地平を開拓していきます。これ以外にも幾つかの共同研究が既に始動しており、本誌で適宜紹介していく予定です。
みなさまのあたたかいご理解とご支援をお願い申し上げます。
国立国語研究所長
影山太郎
KAGEYAMA Taro
かげやま たろう●国立国語研究所長。専門領域は言語学、形態論、語彙意味論、統語論、言語類型論。関西学院大学文学部教授、日本語研究機関設置準備室長を経て、2009年10月から現職。