Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)
──語彙に関する研究を大学時代から行ってきた、とのことですが。
今はコーパス(文章を大規模に集めてデータベース化したもの)がありますが、昔は文献を片っ端から見ていくことをしていました。ある時代の文献と別の時代の文献の語彙を「形が変わる」「意味が変わる」という点を中心に見るんです。
対象が同じだけど、指し示す語が変わるということもあります。今頬のことを「ほお」と言いますが、昔は「つら」とも言ったんです。「頬杖」も「つらづえ」って言ったんですね。なぜそうなったのか、というようなことに興味がありました。
──語彙に関する研究をなさっていて、どういうところが面白いですか。
以前、国語研で「分類語彙表」を作るプロジェクトに参加していました。語を意味別に分けて番号を振る作業なのですが、分野によっては、所属する語がたくさんあったり、なかったりします。1964年に初版が出て、2004年の増補改訂が出たんですが、2つを比べると、劇的に変わっているところとそうでないところがあります。事物とか、具体的なモノは相当な変化があり、抽象的な概念はほとんど変わっていません。もっとさかのぼれば、抽象的な概念も変わってくると思いますが。
分類語彙表は日本語全体を見渡すことができるので、全体像が見えて、しかも歴史的な変化があることがわかります。ひとつ気づいた例をあげると、語彙表に「税」という項目があるのですが、課税とか納税とか、ほとんどが漢語なんです。「税金」という言葉も漢語なんですが、和語で税金を表す語がない。昔に遡っても、租庸調とか年貢とか税金に関する言葉はほとんど漢語で、和語は「貢ぎ(もの)」だけなんです。動詞だと「払う」とか「納める」というのがあるんですが、税金自体が、海外から輸入された概念だということがわかるんです。
──現在、国語研究所ではどのようなお仕事を。
国語研究所では6年単位でプロジェクトを進めていて、ちょうど今年度から変わったんですね。今取り組んでいるのは「通時コーパス」「日常会話コーパス」の作成、もう一つはコーパス開発センターという部署で「語彙資源(分類語彙表やUniDic)」の整備を行っています。
──研究に対して「社会への還元」が問われていますね。
学界だけでなく、社会への還元も非常に重要ですね。例えば、「日常会話コーパス」のプロジェクトを進めているのですが、現時点では「ふつうの人のふつうの話し言葉」がちゃんと記録されたデータが少ないです。それをちゃんとコーパス化しなくてはなりません。
状況とか自分の置かれた役割やテーマで、かなり使われる言葉が変わってきます。これを使うと、こういうふうな話ぶりになるとか、そういったキーワードがわかれば、例えば学会の講演とかの時は、こういう言葉は使わないとか、ふつうの会話ではむしろこっちを使うとかがわかるはずです。
留学生の方なんかは、間違って使うと不自然になってしまいますね。状況にあった言葉遣いをするために、適切な言葉を選ぶ、言葉だけでなく構文や語順も含むのですが、相手への働きかけも含め、どういうものが適切であるかが、コーパスが構築されれば明らかになります。
──最後に、今後やりたいことを。
データを作って公開をしているのですが、分類語彙表のような語彙リストは、なんらかの形で、ちょっとオフィシャルなものができないかと考えています。漢字は文部科学省が常用漢字表を作っていますよね。語に関してはそういうものがない。日本語教育では、級別のリストがありますが、母語話者についてのグレードを示したものはありません。
また、分類語彙表は意味の情報しかないので、使用頻度や表記バリエーションなど語に関するさまざまな情報を総合的に展開、維持できるようなものにすると、将来的には日本語の姿を語を通してまとめることができるのではないかと考えています。
品詞 | 日本語話し言葉コーパス | 名大会話コーパス | 小説会話(BCCWJ) | |
---|---|---|---|---|
学会講演 | 模擬講演 | |||
名詞 | 25.77 | 19.86 | 17.18 | 22.45 |
代名詞 | 1.74 | 2.35 | 4.22 | 3.78 |
形容詞 | 0.98 | 1.79 | 3.13 | 2.1 |
形状詞 | 1.74 | 1.6 | 1.1 | 1.14 |
動詞 | 13.13 | 13.27 | 11.53 | 14.19 |
副詞 | 2.08 | 3.85 | 5.08 | 2.95 |
連体詞 | 1.41 | 1.13 | 1.3 | 1.31 |
接続詞 | 1.22 | 1.05 | 0.59 | 0.33 |
感動詞 | 6.91 | 5.7 | 7.95 | 0.93 |
助詞 | 29.11 | 32.23 | 33.02 | 33.73 |
助動詞 | 10.84 | 12.79 | 12.59 | 13.59 |
その他 | 5.06 | 4.39 | 2.32 | 3.5 |
山崎誠
やまざきまこと●言語変化研究領域 教授。
1957年茨城県出身。国立国語研究所には1984年から在籍。日本の「ことば」と「ことばの研究」を30年以上にわたり研究員として観察しつづけてきた。国語研が実施してきた語彙調査を源とする計量語彙論の新しい展開に取り組む。