Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)
──日本語教育や日本語研究に関心を持ったきっかけを教えてください。
大学卒業後、ニュージーランドに1年いたのですが、生活費を稼ぐために中学高校で日本語を教えていました。飛び込みでお願いしたんです。教えるとすぐに「私に向いているかも」と思いました。
帰国後カルチャーセンターで外国人に日本語を教えることになりました。当時は文法シラバス全盛だったわけですが、教えてみると、いくら調べてもわからないことが、たくさんたまってきます。「どんな文法書を見ても載っていないということは、もしかしてあんまり研究されてないんじゃないか」とすごく不遜な勘違いをして(笑)。
そのころに、(日本語教育で参照できる文法を解明しようとされていた)故・寺村秀夫先生に心酔してしまい、仕事をやめて大阪外国語大(現大阪大)の大学院に入りました。日本語の参考書とかは何にもない時代でした。文法書はあったけれど、日本語教育の現場ですぐに役立つというものは、なかなか参照できなかったんです。
──寺村先生からは、どんな影響を。
日本語教育からの日本語研究は、なんの形もないような状態からはじまったので、とにかく手探りで自分で調べ、考え、やってみるしかありませんでした。寺村先生がそういう意味では第一人者で大きな感化を受けました。寺村先生は(特定の言語理論に則って文法を考える)生成文法をきちんと勉強した方ではありますが、それとは違う(実際の使用から文法を考える)記述文法を徹底して追求されている方でした。私の場合は、寺村先生に感化されつつも、それとは違う研究のスタイル、つまり、自分の興味の赴くままに、地を這うように。どこいっちゃうかわからないような研究スタイルが身についたんです。
──どんなところに研究の面白さを感じますか。
最初は文レベルのことばの整合性を探求することに面白さを感じました。ですが、そのうちにそれでは解決がつかない問題に気付きました。例えば談話(文のまとまり)においては、気持ちや雰囲気に流されて自由気ままに話が展開しているようにみえても、一定のルールの中でことばが運用されています。そういう場合の整合性は文レベルでの整合性とは違うということで、文法とは違った談話の面白さが感じられてきました。日本語教育を頭の片隅においていると、ことばの運用ができなければコミュニケーションできないわけだから、文法だけを考えていても仕方ないですよね。ただ、談話のことを考えるときも、文法が談話の中でどんな働きをするかという観点から見ていて、そういう点では文法から大きく離れていません。
──文法から談話へと興味が移られていったんですね。近年ではコーパスにも関わっている印象があります。
『日本語文型辞典』を作ったんですが、90年代にはまだ国語辞典でも外国人向けの参考書でもいわゆる機能語(単独では意味を持たない語。助詞など)とよばれるものが調べられなくて、それなら自分たちで作っちゃえ、という感じで仲間を募って用例集めをして見出し語を決めたんですね。後になって、そのときにコーパスがあったらどんなによかったかなって思いました。
そのあと、コーパスについて何も知らないのに、BCCWJ(現代日本語書き言葉均衡コーパス)を構築するプロジェクトチームへのお誘いを引き受けたのは、そのときの思いがあったからだと思います。昔も今もコーパスに関してはわからないことが多いのですが、「初心者でもこのぐらいまでできますよ」「教育にも役に立ちますよ」ということを紹介していきたいです
──現在の国語研との関わりは。
迫田久美子先生が作られた学習者コーパスの構築を少し手伝ったんですが、このコーパスをどう応用できるか考えるのが私の役目かなと思っています。自分が面白いと思った現象を、一人で調べたり誰かと一緒に調べたりして、私自身がとても勉強になります。あと、もう一つ。プラシャント先生の基本動詞ハンドブックづくりにも関わっています。多義動詞の意味の記述方法について考えたりしています。
──最近は共同での研究も目立ちます。
プロジェクトに関わると、いろんな人と関われるのが楽しくて。長年ずっと一人で文法を研究するという研究スタイルでした。BCCWJに関わってからチームで研究することが、いろんなエネルギーを生むものだということに気がつきました。
──今は研究することが楽しくて楽しくてしょうがない、という感じですね。
はい。その通りです(笑)。
砂川有里子
すなかわゆりこ●客員教授・筑波大学 名誉教授。
1949年東京都出身。日本語教師・日本語学習者の必携辞典『日本語文型辞典』の編集をはじめとする日本語教育への大きな貢献が評価され、日本語教育学会賞を受賞(2012年)。言語研究の専門書『文法と談話の接点』も高い評価を受けている。