Vol. 2 (2017年9月発行)
「名詞修飾表現」というのは日常的にあまり耳慣れない言葉だと思いますが、一体どのようなものでしょうか。「先生が生徒にインドの遊びを教えた」という具体例を通じて考えてみましょう。この文には、「先生」、「生徒」、「インドの遊び」という3つの名詞が含まれ、それぞれ「教える」という動詞(述語)の主語、間接目的語、直接目的語です。この文の名詞の位置を「教えた」という述語の右側に移動し、名詞に付いている格助詞(~が、~を、~に)を省略してみましょう。すると、以下の❶~❸の表現を作ることができます。
これらの表現は、一番右側にある「先生」、「生徒」、「インドの遊び」について詳しく述べるもの、言い換えれば、それぞれの名詞を「修飾」する表現です。このような、名詞についてその内容をより詳しく述べる表現を「名詞修飾表現」といいます。
これら❶~❸の日本語の名詞修飾表現(関係節とも呼ばれます)を皆さんにも馴染みの深い英語に翻訳すると以下のようになります。
英語の名詞修飾表現は、日本語とは異なり、修飾される名詞は、左側の文頭に移動し、後続する関係代名詞節によって修飾されます。つまり、以下に図示するように、修飾される名詞は、日本語と英語とでは逆の方向に移動します。この移動の方向は、語順と深い関わりがあります。
また、日本語では「太るお菓子」、「痩やせる温泉」、「頭が良くなる音楽」、「一人でトイレに行けなくなる本」のような一見すると意味解釈が不思議な名詞修飾表現があります。お菓子が太るわけではないし、温泉が痩せるわけでもありません。また、音楽の頭がよくなることもあり得ないし、本がトイレに行くわけでもありません。つまり、これらの表現において、修飾されている名詞はその前の修飾句にある述語の主語または目的語ではありません。これらの表現を理解するためには、お菓子を「食べる人」が太る、温泉に「浸かる人」が痩せる、音楽を「聴く人」の頭がよくなる、本を「読む人」が一人でトイレに行けなくなるのように、表面上には現れない「」内の情報を文脈からくみ取る(推論する)必要があります。これらの表現は、英語では日本語のようにコンパクトに表現できず、より長い説明的な言い換えが必要になります。例えば、「太るお菓子」は‘candy (which is) such that one gains weight by eating it’ のように日本語では表現しない部分(「食べる人」)もはっきりと表現しないといけません。また、「痩せる温泉」は‘a spa (which is) such that one loses weight by soaking in it’ のように日本語では表現しない部分(「浸かる人」)もはっきりと表現しなければなりません。
日本語の名詞修飾表現研究は長い伝統と優れた成果の蓄積があります。本プロジェクトは、これらの先行研究の知見を援用し、日本語と世界諸言語の名詞修飾表現とを比較対照し、日本語が他の言語と似ているところ(類似点・普遍性)および異なっているところ(相違点・個別性・多様性)を明らかにすることを目的としています。また、諸言語間の類似点や相違点を地図上で表し、ウェブで公開する予定です(http://crosslinguistic-studies.ninjal.ac.jp/noun/)。
プラシャント・パルデシ
Prashant PARDESHI
●教授/専門は言語学、言語類型論、対照言語学。神戸大学大学院人文学研究科講師、人間文化研究機構立国語研究所准教授を経て、2011年4月から現職。