ことばの波止場

Vol. 2 (2017年9月発行)

特集 : 方言を残すために

PROJECT 日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成

宮崎県東臼杵郡椎葉村

「方言」とひとくちに言っても、極めて多様で、それぞれに個性があります。まずは、方言のおもしろい表現を紹介しましょう。上の写真は宮崎県(ひがし)臼杵(うすき)椎葉村(しいばそん)の風景です。急峻な地形を利用して生活が営まれていることがよくわかります。

ここ、椎葉の方言の、農作業をする際の場所をあらわす表現に「かまで」「かまさき」というものがあります。聞くと、「かまで」は右、「かまさき」は左をあらわす、とのことです。「右手で鎌をもって作業する場合の、“鎌を持つ手のほう”と“先のほう”」、と教えていただきました。ほうほう、じゃあ椎葉のことばで「右」は「かまで」、「左」は「かまさき」というのか、と思ったのですが、どうやらそうではないようです。これらの「かまで」「かまさき」という語は、かならず“斜面に向かって”右か左を言うそうです。標準日本語の「右」「左」はどこに向いても使えますが、「かまで」「かまさき」はそうではないのです。つまり、椎葉方言のこれらの表現は、方言が使われている土地の地形を基準にした場所のあらわしかただと言えます。

このように、同じ国内で話されていることばであっても、その表現の方法が根本的に異なる場合があります。それは、土地土地の生活を反映する形で方言が発達した部分があるためだと思われます。

このようにそれぞれ個性を持つ方言ですが、現在、多様性が失われつつあります。理由は、たとえば高齢化、地域社会の変貌、災害、などいろいろです。このような状況ですので、方言研究者はできる限り多くの方言の記録を作成しようとしています。しかし、方言研究者の数よりも、姿を消す方言の数のほうが多いのが実情です。そこで、「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」プロジェクト(通称「危機言語・方言」プロジェクト)では、方言の記録を作成する一方で、方言研究者の育成にも力を入れています。

「危機言語・方言」プロジェクトでは、おもに2つの方法で若手研究者の育成に取り組んでいます。1つ目は、地域の大学と協力してフィールドワーク実習を行うことです。昨年は島根大学と協力し、隠岐の島で調査を行いました。この調査には、島根大学の学生に加えて、全国の大学から公募した大学院生も参加しました。フィールドワーク初体験の学生も多かったため、事前研修を行いました。事前研修は、隠岐の島方言の概要、録音の方法、自然な方言の記録とは、など、実践的なものから理念的なものまで、今後方言研究にかかわる際の基礎となるような内容のものでした。

島根大学での事前研修の様子

そして、隠岐の島では実際に若手研究者や学生が調査を行いました。このように現場を若手に経験させることが若手育成のために必要不可欠であると、本プロジェクトでは考えています。今年、2017年は愛知県立大学と協力して、愛知県一宮市でフィールドワーク実習を行う予定です。

もう1つの若手研究者育成の軸は、各地の方言の記録作成のために若手を派遣することです。現在、40地点ほどで本プロジェクトのメンバーが活動していますが、その半数ほどが若手研究者です。その土地に通ってじっくりと方言を観察し、着実にその方言の記録を作成できる若手人材の育成を本プロジェクトでは目指しています。

このように、全国各地で「危機言語・方言」プロジェクトのメンバーが活動をしています。次にお邪魔するのはあなたがお住まいの地域かもしれません。

隠岐の島で調査をする若手研究者と学生

PROJECT 日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成

特集:日本語の個性① 方言研究・対照言語研究・日本語教育研究

原田走一郎
HARADA Soichiro
はらだ そういちろう●特任助教/専門は方言学、記述言語学。大阪大学大学院修了、博士(文学)。2016年4月から現職。