ことばの波止場

Vol. 2 (2017年9月発行)

研究者紹介 : 相澤正夫

言葉をネタに語り合うのが何よりも好きで何時間でもしゃべれるんです

──現在、興味を持っていることは?

ここ5、6年の間は「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」をテーマにしてやってきました。

現代語でも動態(=動き)がありますよね。例えば戦後を一つの現代語というふうに見ると、わずか70年位の間にどんな変化があるのかといったことに一番興味があります。最近では国語研のプロジェクトとしてSP盤レコードの演説などを収めた資料を使い、似た関心を持った人を集めて、共同研究を行いました。私は、特に鼻濁音を対象に音声の研究をしました。

SP盤レコードの録音時期は20世紀の前半で、そのときその有名な人達は皆高齢ですが、生まれたのは幕末から明治初期です。その観点から見ると、これはものすごく貴重ですよね。一番早いのは大隈重信の1838年だったと思いますが、この年は、明治維新から考えても相当前です。その人の声が今音声として確認できる。この音声を、プロジェクトを組んで皆で寄ってたかってつつこう、というところが国語研ならではかなという気がします。

──ことばの「動態」に興味を持ったきっかけは?

言語学を専攻していた大学の3年生のころです。柴田武先生(方言研究の第一人者)にフィールドワークに連れて行ってもらったんです。行先は岩手県の雫石や盛岡で、10日間ぐらいの期間です。性別は統一したほうがいいっていうんで、毎日あちこちおじいちゃんを訪ねていき、調査票にそって音声も語彙も文法もみんな聞いてきて、つまり、それぞれの地点を皆で分担して回って言語地図にするわけです。

ただことばの違いの分布をみて線を引いて終わりというのではなく、「こことここにはこの表現があって、真ん中にこの表現があるから、きっと古いのはその両サイドに違いない」という、いわゆる言語地理学に入門したんです。ああ、そうか、「今」を調べても動きが推定できるんだなっていうね。

「今」にもいろいろあって、その中に動きの反映が読み取れます。同じ現代に生きてる日本人でも、言葉は少しずつ違っています。例えば、ある言いかたを年齢層別に調べて、片方から片方に向かって減ってるとか増えてるとかっていうのが分かれば、そこからすぐに変化していると断定するのは簡単ではありませんが、いろいろな条件を考えながら変化の推定はできます。

だから今から考えてみれば、柴田先生のもとで体験したことが一番自分の性に合ってたと思いますね。

──以前は、「インフラ」を「社会基盤」と言い換えるような外来語の言い換えですとか、病院の言葉の言い換えにも関わっていらっしゃいましたね。

21世紀になるころ、震源地は小泉純一郎首相だったんだけれども、当時の文部科学大臣が、これは独立行政法人として国語研がやるといいテーマだからと降りてきた仕事です。

「分かりやすい日本語」にするというだけならよかったんですけど、「美しい日本語」にしてほしいという指示がありました。これはすごく厄介で、美しさは個人の審美的な判断の問題だから、公の場所であまり議論しても仕方のないことかもしれません。そのときは、「きちんと伝える」という機能本位でいきましょうっていうことを強く主張して、それで通したんです。

例えば、「インフォームドコンセント」のような言葉が、何の説明もなく出てくるようなことはあんまりなくなった気がします。この仕事は自分が好きで、というよりも指示を受けて行った仕事ですが、自分たちの研究手法が役に立つのであれば、それを応用してみるということで、社会に繋がってるなという実感が持てます。

──研究を長く続ける秘訣を。

穴を掘るときに、井戸って同じ幅でぐーっと掘っていきますよね。これが一番効率的に深く掘る方法ですよね。専門家の典型的なイメージはこれだと思うんだけど、私はこれができないんです。真ん中は一応決めるんだけどどうしてもその周りも気になって掘ってしまう。結果的に掘れた穴は浅いわけです。浅いんだけど中心はあるから、穴の形はロウト(=じょうご)のようなイメージです。

ただ、間口を広げれば、ロウト状にしてもそれなりの深さが出るわけですよね。間口が広がればもっと深くなるような。つまり角度が一定ならどんどん深くなりますよね。研究においては、それを自分で無意識のうちに狙ってきたのかなっていう気がします。

井戸の周りに雑草が生えていればそれも取りたいみたいな、そういうイメージですね。だからそんなことをやってるうちにいい歳になりましたが、それなりにそれが楽しくて仕方がなかったんだと思います。

研究者紹介004 : 相澤正夫「言葉をネタに語り合うのが何よりも好きで何時間でもしゃべれるんです」

相澤正夫
あいざわまさお●言語変化研究領域 教授。1953年新潟県出身。国立国語研究所には1984年から在籍。2009年〜2013年副所長。日本語が変化していく様子を分析し続けている。近著に、戦前の演説などを言語学的に解明した『SP盤演説レコードがひらく日本語研究』(共編、笠間書院2016)。『例解新国語辞典』(三省堂)の編集にも関わっている。