ことばの波止場

Vol. 2 (2017年9月発行)

研究者紹介 : ポリー・ザトラウスキー

食べている時の会話には言語の様々な現象が見えてきて本当に面白い

──日本語に出会うきっかけは?

大学卒業後、コーネル大学のエレノア・ジョーデン先生から日本語の集中講座を受けました。先生の社会言語学の観点から日本語を教える姿勢に影響を受けて日本語に興味を持ったんです。先生の授業では、人間関係が一つ一つの発話でどういうふうに積み重なるかを重視していたように思います。相手の言ったことの何に注目して応答するか、観察力の大切さを教えていただけて、日本に来てからとても役に立ちました。それが今の研究(談話分析)にもつながっていると思います。

──談話分析とは?

「談話分析」というと文章と会話両方含むことがありますが、私は主に自然な会話を対象に研究しています。私の研究に対して2つの誤解があります。

1つ目は、私の1993年の本を読んだ学生さんが、「私もこれでやってみよう」と言うのですが、実際にはその資料はロールプレイなんです。つまり、「勧誘の会話作ってください。Aさんは勧誘者でこういうところに誘って、Bさんは断ってください」というような、作られた談話に基づいているのですが、それは私の研究とはまったく違うんです。

私は、本当に普通にしゃべっている会話を対象にしています。例えば、私の本では、いろんな人に電話の会話を録音してもらい、その中の勧誘を分析したわけです。

また、もう一つの誤解は、私の研究が、「談話のルールは何かを探る」ということではないということです。会話を見ると、発話がつながっていくパターンがありますが、それは自由に使えるものなんです。ですから文法のようなルールはないと考えています。ルールではなく、そういうやり取りに興味があるんです。

意味は、一人一人の頭の中にあるのではなく、会話しながら一緒に作り上げていくと考えています。社会は公的なものなので、誰かが何かを言ったときに、みんながそれをモニターして、自分の考えも言いながら、お互いに影響を受けて変えていく、そのやりとりの中で意味が作り上げられると思います。1文だけを見て意味はこうかな、と思っても、実際の会話を見ると、意味が反対に思えたりすることもあるわけです。

──最近のご研究を教えてください。

最近といっても、10年近くになりますが、「言語と食べ物」に関する研究をしています。試食会での会話や、普通のレストランで食べているときの会話の分析です。

食べ物の会話で何が面白いかというと、五感を使ってその食べ物についていろいろな体験をすることです。例えば試食会ですと「視覚」、まず見て、形や色の話があります。次に匂いを嗅いだりという「嗅覚」から、実際に食べ物を口の中に入れるときの「触覚」そして「味覚」、せんべいなど音がする食べ物の「聴覚」まで、話題になる観点が幾つもあります。日本語に特有のオノマトペ、終助詞、モダリティ表現が、見事にたくさん使われているわけです。

意味論とのつながりもあります。言葉の意味として、「甘い」という言葉は肯定的な意味だと捉えられます(例:「イチゴが甘くておいしい」)。実際の食べ物の会話で、普通は甘くないものを食べるとします。きつねうどんを口にして「なんか、油揚げが甘い」。そこには、否定的な意味合いが出てきます。そういうふうに、実際のやりとりの中で言葉の意味が変わってくるわけです。

──日本人と外国の方との違いは?

試食会では日本人の「と思う」が少ないですが、アメリカ人は「I think」をよく使います。日本語の試食会の場合には、意見の違いがあって最後にある人がまとめる形で、「シソジュースだと思う」となります。つまり、くくるような形で使われることが多いようです。一方、英語の試食会ですと、最初から数人が「I think」「I think」「I think」と普通に使います。つまり、会話の中の「と思う」と「I think」はどこで使うか、どんな機能を持つかは、言語によって違うわけです。

うどんを日本人、アメリカ人が食べるとします。日本人は、「これ西日本っぽい感じだよね。」とかだしの色、濃さや麺のコシなどにこだわります。「これは讃岐うどんかな」「讃岐うどん食べたことないな。違う?やっぱ。」みたいな話になります。アメリカ人が食べると、「この麺が好き」「スープがおいしい」という単なる感想になることが多いようです。そこに食べ物とアイデンティーとの関係が見えてきます。

──食べながら、研究を。

「食感について、こんな言葉使ってるな」とか、いろいろ観察しながらやっています。私自身が結構日本の食べ物が好きなんです(笑)。友達とおいしい物を食べながら、日本語を通して前より五感を使って食生活を楽しんでいます。

研究者紹介005 : ポリー・ザトラウスキー「食べている時の会話には言語の様々な現象が見えてきて本当に面白い」

ポリー・ザトラウスキー
Polly Szatrowski ●共同研究員・ミネソタ大学 言語学研究所 教授。お茶の水女子大学研究協力員・早稲田大学訪問学者。
1985年にコーネル大学で言語学博士、1991年に筑波大学で文学博士。『日本語の談話の構造分析』(くろしお出版 1993)は日本の談話研究の先駆けに。最近、『Language and Food: Verbal and Nonverbal Experiences(言語と食べ物-言語・非言語による体験)』(John Benjamins 2014)を編集、出版した。