ことばの波止場

Vol. 3 (2018年3月発行)

研究者紹介 : ビャーケ・フレレスビッグ

古い日本語にネイティブスピーカーはいない。皆、同じ立ち位置で。ビャーケ・フレレスビッグ

──デンマークご出身の先生がなぜ、上代日本語(奈良時代以前の日本語)にご関心を?

デンマークのコペンハーゲン大学で、言語学のコースをとりました。大学では、ヨーロッパ語ではない語を習わなければならず、高校を卒業後に日本に行ったこともあり日本語を選びました。21歳のときです。

僕は、歴史言語学に興味があって、日本語だけでなくその歴史も知りたいと思っていました。大学では、古文の授業もあり、そこで竹取物語や伊勢物語に出会ったことが、上代日本語に関心をもつきっかけになったと思います。

──現在、コーパスを作っていらっしゃるとのことですが。

奈良時代の日本語のコーパスです。あるテキストと、テキストの情報を一緒にまとめ、コーパスにしています。

2008年から私が勤めるオックスフォード大学(英国)で各国の古い言語のコーパスを作るプロジェクトがはじまりました。2010年から国語研と共同研究をするようになりました。コーパスは国語研でもうすぐ公開する予定です。

コーパスにしておけば、調べたいことが簡単に調べられます。上代の日本語は全部漢字で書かれたものです。一つ一つの漢字がどうやって使われているかは、電子テキストがあれば、簡単に調べることができるんです。紙のままではできませんよね。

私は、格助詞「が」と「の」に関することはとても面白いと思っています。現代語では「が」は主格、「の」は属格(所有格)ですね。ですが、奈良時代の日本語では同じ所有格の格助詞でした。それらがどういうふうに使い分けられていたのかについて、コーパスがあれば、簡単に調べることができるんです。

──国語研にも万葉集のコーパスがありますよね。

オックスフォードのコーパスには、シンタクス(文の構造)の情報も入っていてその点で大きく違います。コーパスから自動的にツリー(図参照)を出すことができます。ローマ字表記が少し見にくいのですが、慣れたらすごく便利です。たとえば、和歌の構造などをすぐに見ることができるからです。

万葉集7・1332
読み:「 岩が根の こごしき山に 入りそめて 山なつかしみ 出でかてぬかも」を分析したもの。ローマ字で表現されている。たとえば、赤字の「岩ipa」の部分がN(名詞)であり、「岩が根のipa ga ne no」がNP(名詞句)であることがわかる。

──日本語、しかも古い日本語が海外で研究されているのに驚きます。

それはよく言われます。でも、よく考えたら、現代日本語であれば、母語話者は自分の直観とかを使うことができますが、外国人は無理ですよね。でも上代日本語の場合は、母語話者、ネイティブスピーカーはいないので、皆が同じ資料を見て、いろんな角度からその資料やテキストを解釈することができるんです。

──今後のご自身のご研究について教えてください。

「主語はどういうふうに表示されているか」について関心をもっています。現代日本語では、格助詞とか係助詞を使いますが、上代日本語では、なんの助詞も無い場合もよくあります。その文法や、どういう場合にどの格助詞を付けるかなどについては、基本的な研究課題ですが、まだ完璧に分からないところがいっぱいあると思います。

語彙の構造にも興味があります。上代日本語のテキストより前の記録はありません。僕はいわゆる原始日本語の再現にも興味があるんです。コーパスには辞書を取り出す機能があるので、その辞書を使えば、その語彙の構造の研究に役立つのではと考えています。

簡単な例を言えば、現代日本語の「はじめる」や「はじまる」は、その単語が奈良時代にもありましたが、それより「そめる」という単語を使っていたようです。今も残っていると思いますが。

──「見そめる」とかの「そめる」?

そうです。でも、その「そめる」は、実は「はじめる」の基礎だと考えています。「そもそも」という副詞はその「そめる」と関係があると考えられます。一番古い記録の「そめる」「そもそも」「はじめる」からたどっていけば、そういう関係が見やすくなると思います。

研究者紹介 008 : ビャーケ・フレレスビッグ 「古い日本語にネイティブスピーカーはいない。皆、同じ立ち位置で」

ビャーケ・フレレスビッグ
Bjarke Max Frellesvig●共同研究員・オックスフォード大学 教授。1961年デンマーク出身。コペンハーゲン大学、オスロ大学などを経て、1999年からオックスフォード大学教授。現在、同大学日本語研究センター長。「オックスフォード上代日本語コーパス」を構築。また、ヨーロッパ日本研究協会の会長も務めた。