ことばの波止場

Vol. 4 (2018年9月発行)

研究者紹介 : 松本曜

松本曜

──先生のご研究を簡単に教えていただけますか。

専門は語彙の意味論です。単語の意味を考えるだけでなく、単語と単語がどういう関係を持っているのか、そして単語の意味がその単語の文法的な性質をどのように決めているのか、単語と単語が組み合わされてどのような単語を作るのか、そして単語の意味が私たちの世界観とどのように関係しているのか、などを研究するという分野です。

──なぜ意味論に興味を?

高校2年生の英文法の授業が非常におもしろかったのが言語に関心を持った最初でした。言葉の法則性みたいなものがすごくおもしろくなって。当時は理系志望だったのですが、その授業がきっかけになって後で文系に進みました。当時の愛読書が研究社の『英和中辞典』という辞典で、授業の合間に読んでいました。この単語とこの単語はどのように意味が違うんだろうとか、この動詞はこの構文に使えるのに、どうしてこちらの動詞は使えないんだろうとか、そういうのを考えながら辞書を読むのが趣味で。考えてみると、そのときと同じことを今している感じです(笑)。

──先生の研究対象の言語としては何語が中心なのでしょうか。

英語圏の意味理論を通して日本語を見る研究が一番多いですね。だから対象としては、日本語が多く、全体の6割ぐらい、あとは英語が3割、他の言語が1割ぐらいです。結局、どの言語を研究しても語の意味の性質を知ることはできるわけで、そうであれば日本語のほうが研究をしやすいという現実があります。

ただ私の場合、日本語を研究していても常に言語一般がどうなっているかというところに関心があります。

──現在の研究の中心は?

大きなプロジェクトが二つあります。一つはいろいろな言語の移動動詞(人やものが移動する表現を伴う動詞(例)「走る」「投げる」)の性質を研究して、そこから日本語を見るというものです。世界の15くらいの言語話者を対象に、同じビデオを見せて、ビデオに出てくる移動事象を、それぞれの話者がどう表現するかを統一的に比較するプロジェクト(実験)で、10年くらい行っています。

もう一つはフレーム意味論という理論に基づく動詞の研究です。

例えば「泣く」という動詞の意味は、普通は、悲しくて目から涙を出すとかそういう意味だと思いますよね。ところが複合動詞の中には「泣きすがる」とか「泣きつく」とか「泣き落とす」などがあります。どうしてこういう動詞があるかというと、泣くことによって他の人に訴えかけたり、感情をぶつけることによって相手の気持ちを変えるとか、そういうことが行われるからだと思います。

ということは、その「泣く」という動詞の背景にある知識の中には、泣くことに伴って起こる出来事についての情報も含まれているのではないかということになります。つまり泣くという行動をしたら他の人にどういう影響があるかとか、泣くことで人はどういうことをするだろうかとか。そういうのも「泣く」と関連する知識の中に含まれているんじゃないかと。だからこそ、先ほどの表現が成立しているんじゃないかなと思うんですね。

そのような背景的な知識を含めて意味を理解する理論を「百科事典的意味論」と言いますが、動詞の意味記述には、おそらく従来考えられていたよりも広い範囲の情報が必要ではないかと考えています。そう考えると、いろんなことが説明できるようになると考えています。それをコーパスなどを使って調査しています。

──研究で大変なことはありますか?

目指していることの一つに、網羅的に研究したいということがあります。特定の動詞だけ取り上げて議論しても、その結果がどこまで広く動詞に当てはまるのか分からないからです。例えば、複合動詞の研究では、4000近くの複合動詞を確認しました。他の研究においても本当はすべての動詞を見たいのですが、その一方で一つ一つの動詞を調べるコーパス研究や実験研究はすごく時間がかかります。一つの動詞についてたくさん用例を見たい、実験調査をしたい、それでいながらすべての動詞を見たいといっても無理ですよね。バランスを取るのが難しいです。

──神戸大学から国語研に移られてから1年が経ちました。

大学時代よりも研究ネットワークの重要性を感じるようになりました。国語研では個人の研究以上に、プロジェクトが重要な役割を果たしていて、これまで以上に他の大学の先生の研究に関わることが多くなりました。それは自分にとって、とてもよかったと感じています。

研究者紹介007 : 松本曜 「「泣く」「泣きすがる」「泣き落とす」〜語がもつ意味を、より深く」

松本曜
まつもと よう●理論・対照研究領域 教授。1960年札幌市出身。スタンフォード大学言語学科博士課程を修了後、神戸大学教授などを経て、2017年10月に国語研に着任。単著に『Complex predicates in Japanese』(くろしお出版)。最新刊は、『日本語語彙的複合動詞の意味と体系』(ひつじ書房、共著)。