ことばの波止場

Vol. 5 (2019年3月発行)

コラム : 日本語文法って楽しくない?不思議クナイ?(茂木俊伸)

新しい「クナイ?」はこうしてできる

夏休み。自由研究のために池でトンボの観察をしていた娘が言った。

「(今のトンボより)糸トンボの交尾の方が長かったくない?」

父は思った。

「とうとう来たか……」

トンボが、ではない、「クナイ?」が、である。

そう。父は「長くない?」「できなくない?」のような言い方はするが、「ク」はあくまでも形容詞や助動詞の一部(活用語尾)であって、形容詞の過去形(タ形)「長かった」に「クナイ?」を付けられるという感覚は持っていない。勤め先の学生が使っているのを何度か聞いて気にはなっていたが、いまや小学生も使うのか。

「周りの子も『長かったくない?』って言うの?」
「え?言うくない?」

おお、動詞「言う」にも付くのか。なんだか楽しくなってきたぞ。

この「クナイ?」(よりくだけると「クネ?」)の形は、元々は「長くない?」のような形容詞型の否定疑問形に由来すると考えられる。それが動詞に付いて「できるクナイ?」のような新しい形を作り出しているという現象は、高木(2009)や平塚(2009)で報告・分析されている。だいたい娘が生まれた頃の研究である。

これらの先行研究からポイントを簡単にまとめると、おおよそ、次のようになる。

1)この「クナイ?」は、〈同意要求〉を表すひとかたまりの文末表現である。

2)「ン」のような否定形を使う方言で「動詞否定形+クナイ?」(例 : できんクナイ?)が成立。さらに「クナイ?」がかたまりとして意識されて独立、付く対象を拡大し、「動詞肯定形+クナイ?」(例 : できるクナイ?)のような形が生まれた。

3)「クナイ?」は状態を表す述語(否定、可能の形や状態を表す動詞)に付きやすい。

なるほど。確かにこの「クナイ?」がしているのは、直前の「こう思うんだけど」という自分の意見に対して、聞き手に「うん、そうだね」のような同意を求めることである。

このような新しい表現は、文法規則を“壊す”ものと捉える人もいるが、既存の規則をベースに成立していることが多い。例えば、動詞「違う」を「ちがクて」「ちがカッた」のように活用させる例も、形容詞型の活用語尾が変則的に現れる現象として知られるが、「違う」が(形容詞と同様に)意味的に“状態”を表すことと関係があるとされる。

よし。状態を表す形なら「クナイ?」が付くのか、試してみよう。直感的に次のようないくつかの形を作ってSNS上で検索してみると、実例が見つかる見つかる。

(1)ちょっと無理くない?
[形容動詞(語幹)+クナイ?]

(2)常識的に分かるくない?
[動詞(肯定形)+クナイ?]

(3)あの人と似てるくない?
[動詞(テイル形)+クナイ?]

(4)トイレのドアが開かない。これ詰んだくない?
[動詞(タ形)+クナイ?]

(1)の「無理(だ)」は、状態を表す品詞である形容動詞の例である。(2)~(4)の動詞は、「分かる」「似て(い)る」は恒常的な状態(能力や属性)を表す例、「詰んだ」(“打つ手がない”の意)は一時的な状態を表す例としてセレクションしてみたものである。娘が使っていた「長かった」は過去の状態だし、「言う」(“そのような言い方をする”の意)も習慣を表すから状態と言えなくもない。よし、理屈が分かれば、なんだか父も「クナイ?」を使えるような気がしてきたぞ。

若者が使う「クナイ?」がどこまで広がるのかに関しては、上のような前接語の広がりだけでなく、地域的な広がりも興味深い。

先行研究では、「動詞肯定形+クナイ?」は関西方言や福岡市方言では見られるが、首都圏にはまだ進出していないとされていた。しかし、関東在住の先輩研究者が身の回りで調べてくれたところによると、2018年の段階では、(1)~(4)のような「クナイ?」を見聞きし、自分でも使う高校生・大学生が一定数いるようである。

このように、日本語の文法規則は、知らないうちに変化のきざしを見せ、いつの間にかその変化が定着していることがある。使っている若者自身も、意識しないうちに。

文法研究者をしていて楽しいのは、このような現象にいち早く気付けること、そして先行研究の助けを借りながら、理屈を足してあれこれと考えられることである。どのような形が可能なのか。なぜ変化するのか。調べてみたいことはどんどん出てくるが、現象の全体像を捉えるための設計はなかなか難しい。

父の自由研究は、(勝手に)始まったばかりなのであった。

参考文献:

  • 高木千恵(2009)「関西若年層の用いる同意要求の文末形式クナイについて」『日本語の研究』5(4)、pp.1-15、日本語学会.
  • 平塚雄亮(2009)「動詞肯定形に接続する同意要求表現クナイ(カ)」『日本語文法』9(1)、pp.71-87、日本語文法学会.
茂木俊伸先生

茂木俊伸
MOGI Toshinobu
もぎ としのぶ●熊本大学大学院 人文社会科学研究部 准教授。日常生活の日本語の“不思議”を探索し、その分析に「ねぇ、この表現なんだけど気にならない?」と周りを巻き込むことを喜びとする文法研究者。
Twitter ID:@tmogi_nichibun