ことばの波止場

Vol. 5 (2019年3月発行)

研究者紹介 : 新永悠人

研究者紹介013 新永悠人「琉球語はみなさんを待っている」このことばに導かれて

― 研究者になったきっかけは?

高校生か浪人生のときに千野栄一先生(東京外国語大学・チェコ語専門)の『外国語上達法』(あるいは『言語学 私のラブストーリー』かもしれません)を読んで,言語学,とくに音声学に惹かれました。千野先生は言語学のプロとアマチュアを分けるのは音声学(厳密には調音音声学)の知識・技術の有無であって,音声学を身につけたら世界中のどんな言語の発音も可能になると書いていました。それを読み,「あぁ,自分は言語学のプロになりたい」と強く思いました。

― 奄美方言の研究を始めたきっかけを教えてください。

大学で音声学を修得し,いざ大学院に進学したのですが,進学後に大きな問題にぶつかりました。言語学を学びたいという強い気持ちはあったのですが,具体的な研究対象が見つかっていなかったのです(進学を許されたのが不思議です)。そんな不安のさなか,沖縄語(首里方言)の研究者である西岡敏先生が夏期集中講義に訪れ,こう言ったのです。「琉球語は若手研究者が少ない。琉球語はみなさんを待っている」。初めは,琉球列島の白地図のどちらが北でどちらが南かも分かっていなかった自分が,西岡先生の言う「みなさん」に含まれ得るとは考えもしなかったのですが,たまたま一緒に受講していた研究室の先輩(現在はメキシコの大学教員)に私の祖父の出身が奄美大島であることを伝えたところ,「新永君,奄美に行けばいいじゃん」と非常に軽い調子で助言されました。私は「そうは言ってもなぁ…」と思っていたのですが,その後,研究室に行くたびに同輩・後輩・先輩たちに「新永君,奄美に行くんだって?」と聞かれるようになり,次第に「自分はどうやら奄美に行くらしい」と思い始め,結局奄美大島にフィールドワークに行くことになりました。大学院1年目の冬のことでした。

― フィールドワークで印象に残っていることはありますか?

私の父は神戸生まれで,私自身は神奈川生まれ育ち。父方の祖父以外は奄美以外の出身なので,私は奄美のクウォーターかつ3世です。シマとのつながりはほぼ途絶えていたので,特に知り合いもいない状態で初調査に行ったのですが,宿の主人がたまたま祖父の知り合いで,夜にごちそうを用意してくださり,そこで「あんたは私の親戚だよ」と言う方に出会いました。それ以来,楽しい親戚付き合いが続いています。

― ハワイ大学で客員研究員をされたと伺いましたが,ハワイではどのようなご研究を?

ハワイ大には「人間文化研究機構若手研究者海外派遣プログラム」によって派遣されました。それは同時に,2018年2月に国語研とハワイ大マノア校との間で結ばれたMOU(Memorandum of Understanding)の研究交流の一環でもありました。ハワイ大では少数言語の記録・保存を専門とする研究者の授業を見学したり,相談したりして,自分がこれまで半ば我流で行ってきた北琉球諸方言の研究方法をさらに洗練させる方法を研究し,その成果を2019年1月の国語研・ハワイ大・琉球諸語記述研究会の合同研究会(於ハワイ大マノア校)で発表しました。さらに,大学院生,退官した教員ら5名とともに私の博士論文(英語で書いた奄美大島湯湾方言の記述文法書)を読む勉強会を毎週2時間ほど行いました。彼らが示してくれた私の研究への興味関心はハワイ滞在中の一番の贈り物でした。ハワイ在住の沖縄系移民の方々の勉強会(「がじまる会」)で自分の研究について講演する機会もいただきました(写真参照)。

がじまる会での会場風景
「がじまる会」での講演会

― 今はどのようなことにご関心があるのですか?

奄美大島と久高島の方言を研究することは私のライフワークです。これまでは奄美大島宇検村の14集落の1つである湯湾集落の方言を研究して来ましたが,これからは残りの13集落の方言の簡単な文法書・辞書・談話資料を記述・記録して行こうと思います。宇検村と久高島の研究がある程度まとまったら,次は日本手話の研究に関わりたいと思っています。なぜ手話?と思うかもしれませんが,私の研究の最も根本的な動機は人間の言語能力の可能性の深さ・広がりを知ることなので,それを知るためには音声言語だけではなく,視覚言語も視野に入れることはものすごく自然なことなのです。

研究者紹介 013 : 新永悠人「「琉球語はみなさんを待っている」このことばに導かれて」

新永悠人
言語変異研究領域 特任助教
にいなが ゆうと●1983年神奈川県出身。2015年から成城大学などで非常勤講師。2017年から現職。2018年8月から2019年2月までハワイ大学マノア校にて客員研究員。2007年より琉球諸語記述研究会の運営委員。北琉球の奄美大島(特に湯湾集落)と久高島の方言の研究をしている。