Vol. 7 (2020年3月発行)
国立国語研究所(国語研)は1948年12月20日に創立され、2018年に創立70周年を迎えました。また、2009年10月1日に大学共同利用機関法人人間文化研究機構に移管となり、2019年には移管10周年を迎えました。
2018年から2019年にかけて、創立70周年、移管10周年を記念して、様々な催しを実施しました。国語研で現在行われている活動を紹介するために、2018年12月15、16日にはNINJAL シンポジウム「データに基づく日本語研究」を行いました。これまで年に一度開催しているNINJALフォーラムも、ここ2年間は周年記念行事と位置づけて実施しました。2018年11月4日に第13回「日本語の変化を探る」を、2019年11月30日に第14回「私の日本語の学び方」を実施しました。
また、2018年12月22日に「オープンハウス2018」(『波止場』5号にて報告) を、2019年7月20日に「オープンハウス2019」を行い、国語研の現在の姿とともに国語研の成果を所員によって紹介し、大勢の方にお越しいただきました。
そして、2019年10月1日には、70周年・10周年記念のシンポジウム、式典、祝賀会を開催しました。
小木曽智信(国語研教授/将来計画委員会委員長)
ジョン・ホイットマン(コーネル大学言語学科長)
ロバート・キャンベル(国文学研究資料館長)
田中ゆかり(日本大学文理学部教授)
田中牧郎(明治大学国際日本学部教授)
新井紀子(国立情報学研究所社会共有知研究センター長)
田窪行則(国語研所長)
前川喜久雄(国語研教授)
記念シンポジウムでは冒頭で将来計画委員会委員長の小木曽教授より、中間報告が述べられました。将来計画委員会は、次期中期計画(第4期 : 2022年度~)を主な焦点とする将来計画を議論するために2018年度に国語研内で発足しました。若手・中堅の研究教育職員からなる委員7名に加え、次期中期計画期間を通して在籍する可能性のある研究教育職員全員をオブザーバーとして構成されています。ほぼ月1回、委員会が開催され、議論が行われています。
これまでの委員会での議論の中から、次期中期計画における共同研究プロジェクトと若手研究者育成に関して現時点での状況をまとめたものが中間報告として報告されました。
報告は、「最初に申し上げたいのは “オープンサイエンス・オープンデータ” です。」との言葉から始まりました。全てのプロジェクトをオープンサイエンスの考え方を基盤として運営し、プロジェクトで作成するデータはオープンなデータとして公開することを基本とする、との方針が示されました。
重点を置くプロジェクトを中心に、取り組むべき研究課題を分野ごとに整理したものとして、図1が示されました。図の中心にある「コーパス・アーカイブ」(第3期で構築された言語資源)を核としてこれを拡張しつつ、「言語資源の活用」「教育・発達」「理論・実験」「フィールド・社会調査」の4つの研究分野において研究活動を展開することがイメージされています。図の円で示した各分野に重点プロジェクトが設置されるとともに、円の重なりで示された融合研究として、中小規模のプロジェクトが実施されます。そして、全体がオープンサイエンス・オープンデータに覆われ、これが全ての研究プロジェクトの基盤となる研究のあり方であることが示されています。
小木曽教授からの中間報告を受けて、ジョン・ホイットマン氏(コーネル大学言語学科長/国語研名誉教授【上代の日本語】)、ロバート・キャンベル氏(国文学研究資料館長【文学】)、田中ゆかり氏(日本大学 文理学部教授【社会言語学】)、田中牧郎氏(明治大学国際日本学部教授/元国語研教授【日本語史・語彙】)、新井紀子氏(国立情報学研究所社会共有知研究センター長【AI】)より、それぞれご専門の見地から、ご意見をいただきました。
パネリストのお一人、田中牧郎氏は、国語研に過去18年間在籍されていました。その立場からこれまでの70年間を振り返り図示してくださったのが、図2の「国立国語研究所のこれまでの70年間」です。はじめの50年間は国立の機関であり、次に独立行政法人として約10年、そのあと、大学共同利用機関法人人間文化研究機構として10年が過ぎたところであるとの説明で、国語研の経緯が示されました。
そもそもなぜ日本という国に言語研究所が必要なのかというあたりから整理した、との説明のあと、図3の「「1948年設置法」の点検」が示されました。緑字は、これまでに高度に達成されている部分であり、評価されるべき点であるとのこと。しかしながら、赤字は現在の国語研に欠けており、このあたりから必要性の高いものを検討していくべきではないかとの提言がありました。
講演に続いて、パネリストに田窪所長も加わり、前川教授の司会で、国語研の果たすべき役割について活発な議論が行われました。
外国人労働者の増加に関わる日本語の問題から議論が始まりました。
ここには、日本語を母語としない児童生徒と労働者の日本語習得という2つの問題があるとの指摘がまずありました。
「日本語を母語としない児童生徒を教室に受け入れた時に何が問題になるかは、国語研のこれまでのデータから言えるだろう。」「たとえば読解力のつまずきの問題を明らかにするために、いろいろな研究者が議論できるためのデータを国語研が提供することが求められている。信頼できるデータが必要である。」などの意見が出ました。
また、ヨーロッパでは英語を母語としない労働者のために簡便な英語が用いられている事例があるとの紹介がありました。現在、国内では、日本語非母語話者に防災などの情報をわかりやすく伝えることなどを目的とした「やさしい日本語」への取り組みがあります。そこで、国語研において、そういった「やさしい日本語」の研究との連携を進めるべきだろうとの話が出ました。
加えて、「日本語を母語としない児童生徒への日本語習得の支援を進めることで、子供たちが親と地域とのブリッジ、桟橋になり、それは俯瞰的に見たときに、地域の活性にもつながっていくことでもある。」といった意見も出て、日本語習得の支援のための研究の重要性が繰り返し議論されました。
日本語を母語としない児童生徒は、日常会話はある程度習得できるとしても、自然に日本語が身につくという前提は崩れているのだという指摘もされました。それは、抽象的な概念を獲得しないとならない、小学3~4年生から5~6年生にかけて、その抽象的な概念を獲得するために必要になる言語の習得ができていない場合、スキルアップが困難になるためだそうです。重要なのは「意味が分かる」ようになることなのだとの説明がありました。
昨今の傾向として、長い文章を読むのが苦手な人が増えているという問題もある、という点も挙がりました。つまり、意味を理解するという問題は日本語教育に関してだけではなく国語教育においても取り組むべき課題であるということが確認されました。そして、国語研としては、教育や言語政策のための基礎となるデータを作る必要があり、必要な調査があればやるべきであるとの意見が出ました。
これからの国語研の研究は、どのような部門に分け、どのような名称を付けるのが良いのだろうかという話題もありました。
コーパスを使った日本語史研究の展開はコーパス言語学の中でできるだろうが、言語の歴史の問いは、言語理論の一つとして扱っていくのがよいのではないかとの意見が出ました。たとえば、理論言語学と言語の歴史の研究は同じ部門の中で扱う可能性もあるだろうということです。少し前に国語研にあった「時空間変異」という部門名は、通時と共時の問題を同時に扱う名称としてうまく考えられていたとの意見もありました。
分野の壁が問題にならないような組織づくりが求められるということでした。
最後に、たとえば、方言辞典や音声・文法の記録といったものがすべてアーカイブできるような、大規模なアーカイブセンターが国語研にできることへの期待が議論されました。「現在も地方の方と協力しながら研究を進めている。」との所長の説明に対し、「重点的な地域だけでなく、そうではない地域にも目をむけてほしい。」という注文がありました。それに対し、再び所長より「お金さえあれば全国展開する気満々。」との回答があり、ぜひその方向でお願いしたい、というところで全体の議論が締めくくられました。
記念シンポジウム「国立国語研究所の果たすべき役割」
2019年10月1日(国立国語研究所講堂)