ことばの波止場

Vol. 8 (2020年9月発行)

特集 : 学習者コーパスから見えてくる日本語学習者のコミュニケーションの姿

学習者のコーパスから見えてくる日本語学習者の姿

国語研らしい日本語教育の研究

国立国語研究所は、日本語の研究だけでなく、日本語学習者(いわゆる「外国人」)に日本語を教える日本語教育の研究もしています。国内外の大学、国際交流基金、文化庁等でも日本語教育の研究は盛んですが、国語研の日本語教育の研究の特徴は、「日本語学習者が使う日本語の研究」です。複雑な構造と体系を持つ日本語を、日本語学習者が何をどのような順序で学んでいるかを調査・分析し、それを日本語教育の現場に役立てることを目指します。

学習者が日本語を学ぶ場合、共通して難しく感じられる困難点があります。しかし、そうした困難点に、日本語の興味深い特徴が隠れています。事実、戦後の日本語研究は、学習者の誤用によって発展してきました。学習者は日本語を論理的に考えて間違えるので、その間違いを検討することで日本語らしい特徴が見えてきます。たとえば、助詞「は」と「が」を日本語母語話者(いわゆる「日本人」)ならば無意識に使い分けていますが、日本語学習者に教えるときはその違いを論理的に説明する必要があります。それによって日本語の重要な文法形式の考察が深まり、日本語研究は進歩してきました。

一方、学習者が日本語を学ぶ場合、人によって困難点が異なることもあります。日本語の学び方は一様ではなく、学習者の母語、日本語のレベル、学習の目的、置かれた環境など、学習者の個性によって、かなり異なります。そうした学習者の学びの多様性を知ることも、日本語教育の重要な課題となっています。

学習者の日本語使用・理解の姿

学習者の学びの共通性と多様性を知るには、学習者のコミュニケーションを記録した学習者コーパスを構築し、分析するのが確実です。そのため、国語研の日本語教育研究領域では「日本語学習者のコミュニケーションの多角的解明」プロジェクトを立ち上げ、学習者の日本語使用、学習者の日本語理解の二つのタイプの学習者コーパスを構築しています。

学習者の日本語使用のコーパスは、学習者の「話す」「書く」という産出結果を記録したもので、I-JASとBTSJの二つがあります。いずれも、千人に及ぶ調査協力者の協力を得た、従来にない規模の学習者コーパスです。また、学習者の日本語の特徴を知るために、日本語母語話者のコーパスもついています。この二つのコーパスについては、次ページ以降の紹介記事をご参照ください。

一方、学習者の日本語理解のコーパスは、学習者の「読む」「聞く」という解釈結果を記録したもので、「日本語非母語話者の読解/聴解コーパス」「日本語学習者の文章理解過程データベース」があります。「日本語非母語話者の読解コーパス」(https://www2.ninjal.ac.jp/jsl-rikai/dokkai/)「日本語非母語話者の聴解コーパス」(https://www2.ninjal.ac.jp/jsl-rikai/choukai/)は仮説検索型のデータベースで、学習者の「読む」「聞く」過程を、先入観を交えずに記録したものです。一方、「日本語学習者の文章理解過程データベース」(https://l2-communication.ninjal.ac.jp/文章理解研究/) は仮説検証型のデータベースで、学習者の語義推測や文脈理解の過程を、ポイントを絞って実験的に記録したものです。仮説検索型と仮説検証型の二つを合わせることで、効果的に学習者の理解の過程を分析することが可能になっています。

学習者のためのリソースの開発

私たちのプロジェクトは、学習者のコミュニケーションの分析に留まりません。こうした分析をどう教育に活用するかを考えています。2019年度だけで、分析結果をまとめた8冊もの論文集を刊行し、教育への活用の可能性を示しています。

また、学習リソースとして、上述の理解コーパスの研究成果を生かしたウェブ版読解・聴解教材「日本語を読みたい!」「日本語を聞きたい!」を開発中です。さらに、視覚的・聴覚的要素をふんだんに盛りこみ、日本語の基本動詞のイメージが感覚的に理解できる「基本動詞ハンドブック」もあります。「特集 : 基本動詞ハンドブック」に紹介があるので、ぜひご覧ください。

(日本語教育研究領域代表・教授/石黒圭)