ことばの波止場

Vol. 8 (2020年9月発行)

特集 : 基本動詞ハンドブック

『基本動詞ハンドブック』の「上がる」
『基本動詞ハンドブック』の「上がる」

『基本動詞ハンドブック』の「上がる」

英語の「run(走る)」を辞書で調べてみると,「人間・動物が走る」という意味だけではなく,「動く」,「逃げる」,「はう」,「広まる」,「経過する」,「掲載される」,「運行する」,「経営する」,「選挙で立候補する」などといった様々な意味で使われていることに気づきます。英語のrunのように,どの言語にも一つの単語が二つ以上の意味を持つ「多義語」が存在し,その多くは日常のコミュニケーションの中で頻繁に使われるいわゆる「基本語」です。実は,日本語の「走る」も「犬が走る」「電車が走る」「稲妻が走る」「寒気が走る」「非行に走る」のように,複数の意味で使われる「多義語」です。日本語の母語話者ならばこれらの複数の意味を難なく使い分けられるでしょうが,外国語として日本語を学ぶ学習者の場合,それは容易ではありません。

多義語の中でも,日常生活で繰り返される基本的な出来事を表す「行く」,「来る」,「のぼる」,「くだる」,「上がる」,「下がる」,「起きる」,「聞く」,「走る」,「ぶつかる」,「出る」,「出す」のような「基本動詞」は,取り分け学習に困難をもたらします。なぜならば,基本動詞の場合は,複数の意味のみならず,その文法的な振る舞いや適切な文脈なども併せて学ぶ必要があるからです。

日本語学習者は,たびたび知らない意味に遭遇し,辞書を引きます。母語話者向けの辞書は多義語の複数の意味(語義)を列挙するのみで,語義間の関連性は必ずしも述べません。母語話者には必要ないからかもしれませんが,学習者の場合,関連性の見えない複数の語義をひたすら覚えるのは大きな負担になります。日本語の多義語を理解し,習得するためには,複数の語義間の関連性を解説する学習者用の辞書が必要です。「基本動詞ハンドブック」は日本語の多義的な基本動詞の教育・学習の課題を解決するために開発されたオンライン版辞書です。この辞書では基本動詞の中心的な意味,および多義的な意味の広がりを図解なども用いて分かりやすく解説し,また,大規模日本語コーパスを積極的に活用して共起しやすい名詞や副詞を提供しています。さらに,文法的な振る舞いなどを詳細に記述し,豊富な音声付の用例,アニメといった視聴覚コンテンツなど,他のレファレンスには見られない生きた情報も提供しています。

だれでも,いつでも,どこでも無償で利用することが可能ですので,是非アクセスしてみてください。

【引用文献・資料】
プラシャント・パルデシ他(編)(2019)『多義動詞分析の新展開と日本語教育への応用』 開拓社

(理論・対照研究領域・教授/プラシャント・パルデシ)