Vol. 8 (2020年9月発行)
学生A : 「住み、どこ?」
学生B : 「横浜。」
こんな会話を聞いて驚いたのはもう数年前だ。「田舎住み」「都会住み」「実家住み」という複合名詞をネット上で目にしたことはあったが、「住み」が単独使用されているのは新鮮だった。映画の中で、渥美清さんがもし「生まれは柴又、住みも柴又」なんて自己紹介をしていたら、さぞかし新鮮なことだろう。
「○○住み」のような表現は、「田舎暮らし」などの「暮らし」が「住み」に入れ替わったものだと勝手に推測していた。学生に聞くと、「どこ住み?」という疑問文もよく使うということなので、「田舎暮らし」→「田舎住み」→「どこ住み?」→「住みはどこ?」→「住みは柴又です」のような発生ルートを辿ったのだろうか。「○○住み」と、そこから自立した「住み」のルーツは一体どこにあるのだろう。
新しい表現となれば、Twitterの出番だ。さっそく「住み」で検索すると、2007年に「長町住み?」という書き込みが見つかった。しかし、Twitterのサービス開始は2006年なので、もっと古い用例があるかもしれない。そこで、ネット掲示板の「2ちゃんねる」(現「5ちゃんねる」)の過去ログを調べてみると、「実家住み無職」と「アメリカ住み」が2000年に、「どこ住み?」(2件)が2001年に見つかった。しかし、「2ちゃんねる」だって1999年からのログしかないのだから、もっと古い用例があるかもしれない。
そこで、念のため、BCCWJ(現代日本語書き言葉均衡コーパス)を調べてみたところ、面白い用例が2つヒットした。1つは、「住み」の単独用法で、2008年の「Yahoo!ブログ」にあった以下の用例だ。
名前 : サン
住み : 神奈川県
年齢 : 十三
職業 : 中学生
ネット上では、匿名のままスペック(注1)を紹介する場面が多い。自己紹介では「出身は○○で、趣味は○○で…」という具合に、紹介項目を名詞で言うため、「住み」も自立したのかもしれない。
もう1つは、「部屋住み」が数多くヒットしたことだ。自分一人の内省では思いつかなかった。自らのボキャ貧を恥じると同時に、コーパスのありがたみを感じる。「部屋住み」は、家督相続前の嫡男もしくは次男以下の者を指すが、ヤクザ業界では住み込みで雑用をこなす新人を指す。念のため、『日本国語大辞典』(第二版)で調べてみると、どうやら『日葡辞書』にも記載があるらしい。おいおい、意外に古いじゃないか。
となれば、今度はCHJ(日本語歴史コーパス)の出番だ。検索してみたら、最も古いものは『竹取物語』にある「独り住み」であった。他にも、『蜻蛉日記』には「やもめ住み」「山住み」「里住み」があり、『源氏物語』では「内裏住み」も加わっている。やや時代は下り、『とはずがたり』には「奈良住み」まであった。さすがに、固有の地名と結びついたものはこの一例のみであったが、まさか「○○住み」という複合名詞の起源が平安文学にまで遡るとは予想外であった。
「笑い」「叫び」「戦い」「余り」のように、動詞の連用形は名詞になる。「住み」もその一員に加わったわけであるが、他にも新しく加わった連用形名詞はある。アイドルグループなどで自分が応援しているメンバーのことを「推しメン」と言うが、最近では「推しは誰?」のように、「推し」が自立した。「今日は飲みがある」「飲みが足りない」では、「飲み」が単独で使用されている。SNSのインスタグラムでは、皆がこぞって「インスタ映え」を気にしたが、すぐに「映え(を気にする)」のように名詞化し、さらには「映える写真」のように動詞化まで果たした。
教育業界では、近年「気づき」という連用形名詞がキーワードになっているそうだ。教師が教えるのではなく児童が主体的に学ぶことを重視する文部省(現在の文部科学省)が、1990年頃から資料の中で使用し始めたらしい。ただし、これは心理学用語 “awareness”の訳語であり、「○○気づき」のような複合名詞から自立したわけではないようだ。