ことばの波止場

Vol. 9 (2021年3月発行)

著書紹介 : 成人教育(adult education)としての日本語教育―在日パキスタン人コミュニティの言語使用・言語学習のリアリティから考える

福永由佳
ココ出版、2020年10月

成人教育 (adult education) としての日本語教育
『成人教育(adult education)としての
日本語教育』書影

近年、言語形式の習得のみを目指すのではなく、「社会参加」にも考慮した日本語教育の実践が増えてきています。しかしそこでも、「社会参加のためにはまず日本語を習得させてあげないと」という発想は根強く残っているようです。

本書は、在日パキスタン人コミュニティでの質問紙調査や丹念なインタビュー調査等を通じ、彼らが日本語能力の多寡にかかわらず、日本語以外の資源も活用しながら、一般的な日本人よりはるかに主体的に社会と切り結んでいる様子を、リアリティをもって活写しています。彼らのこうした生き方は、日本語学習者は「弱者」であるとする固定観念に大きな問い直しを迫るものです。

真の社会参加とは何か。それは日本語を学び、日本人に合わせて振舞う、という受動的行為ではなく、日本社会に働きかけ、必要あればよりよいものに変えていくことまでを含んだ、高度に主体的・能動的な生き方であるといえます。成人に対する日本語教育とは、そうした主体性の促しに焦点を当てるべきであり、かつそれは非母語話者だけでなく、母語話者にも向けたものでなければならない、という本書の主張は、言語教育に関わる者に対する力強いメッセージとなっています。

▶宇佐美洋(東京大学)