ことばの波止場

Vol. 10 (2021年9月発行)

特集 : 調査員によって調査の結果はどれほど変わるのか? 第1~3次岡崎敬語調査調査票・調査員記録簿の分析

調査員によって調査の結果はどれほど変わるのか?

岡崎敬語調査とは

国語研はこれまでに日本全国各地で大規模な言語調査を行っていますが、岡崎敬語調査はその代表的なもののひとつです。愛知県岡崎市の住民を対象にした敬語の使用と意識に関する調査で、1953年、1972年、2008年と3回の調査が行われました。それぞれの回で独自に取ったランダムサンプルと、過去の調査の回答者を再び調査するパネルサンプルの2種類のサンプルがあります。これにより、岡崎市全体での敬語の変化とともに、個人がどのように敬語使用や敬語意識を変化させていくかという観点からの分析も可能になっています。

岡崎調査でもう一点特記すべきことは、回答がすべて文字起こしされていて、報告書と共にデータベースとして公開されている点です。55年間3回の調査での回答者の発話が、すべて公開されているというのは、非常に画期的なことです。

岡崎敬語調査でわかったこと

その岡崎敬語調査からわかったことは、大まかに言えば、(1)全体として岡崎市の敬語使用がより丁寧な方向に向かっていること、(2)敬語は中年層でもっとも丁寧になり、その後の加齢につれて丁寧さが下降すること、(3)敬語使い分けの基準が社会的立場の差異から心理的立場の差異へと移行し、敬語の民主化・平等化が進行していること、の3点でしょう。

(1)は全調査について、丁寧さの段階付けで得られた敬意の平均値の比較をしてわかったことです。岡崎市民は、明らかに以前より丁寧な話し方をするようになったのです。

(2)は、年齢別の分析から判明しました。いずれの調査でも、社会活躍層と言われる中年あたりで丁寧さは最大値に達し、その後加齢につれて下降するパターンを見せています。高年齢層での下降には、社会との接点が少なくなることが原因として考えられるでしょう。

(3)は話者の属性による差が縮まっていること、それにもかかわらず場面による差が見られるという事実から導かれることです。社会的身分の上下によって使い分けられていた敬語が、自分と話し相手との距離によって使い分けられるように変化しているのです。

岡崎敬語調査への疑問

さて、こうした岡崎敬語調査については、ひとつ疑問があります。この調査には3回の調査を通じて、のべ306人の調査員が参加しています。中には大学院生もいれば、長年方言学の研究をしてきた研究者もいます。面識のない人の家にお邪魔して、できるだけ普段の話し言葉に近い話し方での回答を引き出すには、それなりの慣れが必要ですし、経験が物を言うことが予想されます。そうすると、306人の調査員で得られた回答には、大きな個人差が出てもおかしくないのではないでしょうか。

実はこうした調査員のもたらす効果というのは、社会言語学のみならず、社会学でも盛んに研究されているトピックです。岡崎敬語調査でもこの調査員効果を分析してみようと考え、このプロジェクトを立ち上げた次第です。

調査者個人差の分析とこれから

次のグラフは、第3次調査に参加した28人の調査員について、質問ごとに得られた丁寧さの段階付けの平均値をプロットしたものです。縦軸は段階付けの平均値を、横軸は調査者を表します。調査者ごとに11個の質問のそれぞれの平均を出してプロットしているので、各調査者のところに11個(=質問の数)の●があります(重なっているので11個ないように見えるところがあります)。同じ調査者が担当したとしても、質問による段階付けの平均点の開きには、かなり大きな差があるようです。上下にかなり大きく差が出ている調査者もいれば、小さくまとまっている人もいます。質問によって段階付けの平均点が異なることは当然としても、調査者による差は無視できるものなのでしょうか。

図 調査者ごとの各質問の丁寧さ段階付け平均値の分布(第3次岡崎敬語調査)
図 調査者ごとの各質問の丁寧さ段階付け平均値の分布(第3次岡崎敬語調査)

この疑問を解くために、データを多変量解析のひとつである一般化線形混合モデルという方法を使って分析してみました。その結果、回答者の性別、年齢、質問、回答者の個人差を組み入れたモデルがもっともよく丁寧さの段階付けを予測することがわかりました。言い換えると、丁寧さの段階付けの予測のために、調査者の個人差は考える必要はないということです。一見調査者の個人差と見えたのは、実は回答者ごとの違いや質問差などによるものだったということになります。

これだけの大規模調査で調査員の個人差がなかったことを、どう解釈すればいいでしょうか。まず、各質問で設定された状況がわかりやすく、回答者にとって回答しやすいものであったこと、そして調査マニュアルや調査前の調査員への説明が充実していたため、調査員の個人差が生まれにくかったことが考えられます。加えて3次調査であることから、調査の積み重ねによって調査方法が洗練されてきたこともあるでしょう。調査において調査員はいわば「黒子」であり、黒子によって調査結果が変わることは避けねばなりません。岡崎敬語調査は、少なくとも3次調査はその点で成功していたということができるのです。

この分析は第3次調査にのみ限定したものでした。では果たして同じ岡崎敬語調査の第1次、第2次調査はどうだったのか。また鶴岡の共通語化調査を始めとする他の大規模調査ではどうだったのか、という新たな疑問が湧いてきます。こうした疑問は実際にデータを分析しないことには解けません。研究の次の段階として、こうした分析を進めていくことを検討しているところです。

参考文献

  • 井上史雄(編)(2017)『敬語は変わる―大規模調査から分かる百年の動き―』東京 : 大修館書店
  • Matsuda, Kenjiro (2020) “Random Effects in the Third Survey of the Okazaki Survey on Honorifics”. Céleste Guillemot et al. (eds.) ICU Working Papers in Linguistics 10: 57–64.

(神戸松蔭女子学院大学・教授/松田謙次郎)