ことばの波止場

Vol. 10 (2021年9月発行)

研究者紹介 : 窪田悠介

研究者紹介 021:窪田悠介

国語研というフィールドで,少し成り行きまかせに新しい研究を模索中

研究者になったきっかけ

自分でもよくわかりません。ただ,何か心にひっかかるものがあったせいでここまで続けてこられたのだと思うので,きっかけは生成文法に初めて接したときに覚えた違和感のようなものかもしれません。高校生の頃は英語の文法と数学が好きでした。大学に入って言語学の授業を取ったとき,句構造規則を書いて文の構造を樹形図で分析する方法があるというのを知り,統語論に一番強く興味を持ちました。高校で習う英文法や日本語の古文の文法などでは,文法の体系は分析対象である自然言語自体を使って説明されています。そのため,数学の定義のような感じで,解釈者の直観の余地が入らない形で文法の分析ができる点に非常に強く興味をひかれました。

その後,専門に進んで生成文法の統語論の基礎を一通り勉強しました。ところが,ここでの生成文法の第一印象が非常に悪かった。ちょっと言い方が悪いですが,普遍文法とか言語の生得性とか大風呂敷を広げているわりには,どうにもいんちきくさい理論で嫌だなあという印象を持ちました。しかも数学を使って厳密にやるはずだったのに,専門的な話になればなるほど厳密さが失われてふわふわとした直感的な議論になる。そこに強烈に違和感を持ちました。そこらへんがおそらく原点です。記述文法や形式意味論や認知言語学は面白いのに,自分が一番好きだったはずの統語論が,本格的にやってみようとすると嘘くさいものに見えてしまってさっぱり面白くない。おかしいなと思って,その後,もっといいものがあるはずだといろいろ探し回っていた,というのが現在に至るまでの20年です。結局最後は自分で自分の理論を作る羽目になりました。そんなふうに回り道をしてきて,最近ようやく生成文法の良さも少しは分かるようになった気がします。

これまでのご研究について

ここ10年くらいは,カテゴリ文法と呼ばれる,数学と言語学を足して二で割ったようなものの研究をしてきました。カテゴリ文法はもともと論理学のほうから出てきた手法で,これを言語理論として研究する人はほとんどいませんでした。大学院生時代に最初に見たときは,ちょっと数学っぽすぎる理論なのでどうかなとも思っていたのですが,試しにと思って,複合動詞の統語構造や,「太郎が花子に」みたいな構成素にならない単語列がまとまりとして振る舞う現象など,普通の統語論でうまく分析できない現象をカテゴリ文法で分析する論文をいくつか書いてみました。

自分でそこそこ納得がいく結果が得られたので,理論の基礎的な部分を詰める作業を行って,最終的に,カテゴリ文法の研究の流れの中から出てきたアイデアをいくつか組み合わせる形で新しい言語理論として提案する,というのを博士論文の研究で行いました。わりと面白い理論になったので,その後博論の研究に基づいて指導教員の一人だったオハイオ州立大学のRobert Levine先生と10年くらい共同研究を続けています。去年,成果を本にまとめて出版して,この仕事に一段落ついたかなと感じているところです。

いま,取り組んでいること

いくつか新しいことに取り組みたいと思っています。一つは日本語の文法の研究です。記述文法自体は学生のころから関心を持っているのですが,今まではどちらかというと傍観していました。最近若手の人たちと共同研究をするきっかけがあったので,少し本格的に取り組み始めているところです。

もう一つは自然言語処理の分野で言語学に興味を持っている人たちとの共同研究です。自然言語処理の世界は今,深層学習の嵐が吹き荒れていますが,新しい技術をうまく言語学の理論研究を科学研究として進めるために使う方法はなかろうかと考えています。このあたりは,海外の学会では,手探り感にあふれる研究が理論言語学プロパーの学会でも出始めています。これについてもとりあえずは傍観しているところなのですが,あまりもたもたしていると乗り遅れるかなと思い始めているところです。

これからしてみたいこと

ここ10年くらいは理論研究の基礎的なことを集中的にやっていました。その仕事が一段落したので,少し成り行きに任せて自分がどういう方向に進むのか様子を見てみたいと思っています。日本語の文法や自然言語処理の人たちとの共同研究のほかに,理論言語学の研究成果を可視化するデータベースを作るプロジェクトに加わったりもしています。特定の理論での個別の現象の研究と,理論言語学という分野全体のことを考えるのと,どちらにも興味があるので,しばらくは二つの軸を行ったり来たりしながら次にどこに狙いを定めるか考えようかと思っています。

研究者紹介 021 : 窪田悠介「国語研というフィールドで,少し成り行きまかせに新しい研究を模索中」

窪田悠介
くぼた ゆうすけ●理論・対照研究領域 准教授。
1980年神奈川県出身。オハイオ州立大学でPh.D 取得 (2010年)。日本学術振興会PD,同海外特別研究員,筑波大学助教を経て2019年4月より現職。専門は統語論・意味論・計算言語学。好きな言語はRuby。