ことばの波止場

Vol. 10 (2021年9月発行)

著書紹介 : コーパスと近代日本語書き言葉の一人称代名詞の研究

近藤明日子
勉誠出版、2021年2月

コーパスと近代日本語書き言葉の一人称代名詞の研究
『コーパスと近代日本語書き言葉の
一人称代名詞の研究』書影

二つの点で画期的な本だと思う。先行研究のきわめて多い、近代語の一人称代名詞について、知られていなかった数々の言語事実を明らかにし、その体系変化を明解に説明した点と、日本語の歴史の研究において、コーパスを作って研究をすることが、いかに大きな力を発揮するかを示した点とである。

第一の点は、著者の様々な工夫の賜物だが、従来用いられることのなかった文語体書き言葉も含めた、多様な文体の資料を時系列に沿って調査したことと、性差の視点を重視したこととが、特にものを言っている。書き言葉と話し言葉が相互に絡み合いながら進む文体変革と、社会の近代化にともなって変容するジェンダー意識とが、一人称代名詞の体系形成に影響を与えたことが、総合的にとらえられており、日本語史研究に新しい視界を切りひらいた。

第二の点では、研究目的に応じてコーパスを設計し、得られたデータに対して、細心の注意と粘り強い思考に基づいて、統計処理や文脈分析を施しているところが、特に読み応えがある。手間をかけ、時間をかけ、データを作り込み、データと対話することで、質の高い研究が成るわけである。コーパスの導入は、日本語史研究を格段に発展させている。

▶田中牧郎(明治大学)