ことばの波止場

Vol. 11 (2022年3月発行)

特集 : 日本語と世界の言語のとりたて表現

「日本語と世界の言語のとりたて表現」野田尚史
特集:①多様な言語資源に基づく総合的日本語研究の開拓6基幹プロジェクト
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法(プロジェクトリーダー 窪薗晴夫)

「とりたて表現」とは

「とりたて表現」というのは、「朝はバナナだけ食べた」の「だけ」のように「それに限られる。他は違う」という意味を表したり、「この島にはホテルまである」の「まで」のように「極端なものである」という意味を表したりする表現です。

英語に「only」や「even」があるように、どの言語にもとりたて表現はあります。しかし、他の言語では日本語ほどとりたて表現がよく使われないため、とりたて表現の研究はあまり盛んだとは言えません。

助詞で表すか副詞で表すか

日本語や韓国語、ヒンディー語などでは、「とりたて」を表すのはとりたてる対象の後に付く「だけ」「さえ」「も」のようなとりたて助詞が中心になります。 一方、英語や中国語、インドネシア語などでは、「とりたて」を表すのはとりたてる対象の前に置かれる「only」「even」「also」のようなとりたて副詞が中心になります。

とりたてを主に助詞で表すか副詞で表すかという違いは、それぞれの言語の語順と関係があります。「真理は大きな帽子を買った」のように述語が文の最後に来る言語では、主にとりたて助詞が使われます。一方、「Mary bought a big hat」のように述語が文の最初の方に来る言語では、主にとりたて副詞が使われます。

際立たせるかぼかすか

日本語のとりたて助詞が表す意味は、次の表のようにまとめられます。

限定反限定「だけ」「しか」「でも」「なんか」極端反極端「まで」「さえ」「なんて」「ぐらい」類似反類似「も」「は」

表の左の列にある「限定」「極端」「類似」の意味を表すとりたて表現は、日本語以外の多くの言語でもよく使われます。この中でも特に「限定」と「極端」は「それに限られる。他は違う」とか「極端なものである」というように、とりたてる対象を際立たせる働きをします。

それに対して、表の右の列にある「反限定」「反極端」「反類似」の意味を表すとりたて表現は、日本語以外の言語ではそのような表現形式がなかったり、あってもあまり使われなかったりすることが多いです。「反限定」は「それに限らず、それに似たものも含む」という意味を表し、「反極端」は「極端ではなく、ごく普通だ」という意味を表し、「反類似」は「同じではなく、違う」という意味を表します。特に「反限定」と「反極端」は、とりたてる対象を際立たせるのではなく、その反対、つまり、ぼかすような働きをします。

ことばで表すかどうか

日本語ではぼかすためのとりたて表現が発達していますが、これはぼかすときにはぼかすことを律儀にことばで表現することが他の多くの言語に比べて多いということです。

日本語で「コーヒーを飲みましょう」と言われると、コーヒーを飲めない人は「コーヒー以外も飲めるのかな」と心配になるかもしれません。コーヒー以外も含まれることを表すときには「コーヒーでも飲みましょう」とぼかすための「でも」を使うのが普通だからです。他の多くの言語では、「コーヒーを飲みましょう」という表現がコーヒー以外を含むという意味で使われやすいようです。

さらに詳しいことは、野田尚史(編)『日本語と世界の言語のとりたて表現』(くろしお出版、2019)をご覧いただければ幸いです。

(野田尚史/日本大学教授・国立国語研究所名誉教授)