ことばの波止場

Vol. 11 (2022年3月発行)

特集 : 外国人の日本語を解明する

「外国人の日本語を解明する」石黒圭(ISHIGURO Kei)
特集:①多様な言語資源に基づく総合的日本語研究の開拓6基幹プロジェクト
日本語学習者のコミュニケーションの多角的解明(プロジェクトリーダー 石黒圭)

外国人の流暢な日本語

一昔前は外国人が日本語を話すこと自体が珍しく、日本語が流暢な外国人を見ると、「日本語がお上手ですね」などと、ほめたものでした。

しかし、今は学校に行っても会社に行っても、日本語が上手な外国人がふつうにいる時代です。外国人(より正確には日本語を第二言語とする人、以下、学習者)の日本語のレベルは確実に上がりました。もちろん、そこには本人のたゆまぬ努力があったことが第一の要因ですが、その背景には学習者に日本語を教える日本語教育のレベルの向上があります。

外国人の変な日本語

しかし、日本語教育的な発想が日本語をおかしくすることもあります。「こんにちは。私の名前は○○です。ベトナムから来ました。△△と呼んでください。」という自己紹介の挨拶は、日本語として間違ってはいないのですが、少し変だと感じます。「あっ、私からですか。はい、○○と申します。えっと、ベトナム人です。△△と呼んでもらえたら嬉しいです。」ぐらいが自然でしょう。どうしてこうしたことが起きるかと言うと、日本語の教科書の例文が型にはまったものだからです。

また、学習者自身が第一言語の発想を借りて話すことにもその一因があるでしょう。学習者が教科書で習った日本語を自前の発想で組み立てると、どうしても不自然な文になりがちです。こうした学習者の不自然な日本語と、日本人の自然な日本語の溝を埋めるには、どんな研究が必要でしょうか。学習者の話す日本語を集め、それを日本人の日本語と比較する研究が必要だと私たちは考えました。

会話コーパス I-JAS

そこで、本プロジェクトでは、二つの会話コーパスを第三期に構築しました。一つはI-JAS(『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』)という、学習者の話す日本語を集めたコーパス、もう一つはBTSJ(『BTSJ 日本語自然会話コーパス』)という、学習者と日本人の日本語を比較できるコーパスです。

I-JAS は、日本を含む20の国と地域で、異なる12言語を話す日本語学習者1000人の話し言葉の日本語を収集したコーパスです。I-JAS を使うと、外国人の日本語の国際比較ができます。たとえば、お願いがあるとき、「お願いしたいのですが…」のような言いさし文を好む日本語母語話者、ややそれに近い韓国語話者、「お願いできますか?」のような質問文を好み、言いさしを好まない英語話者や中国語話者、「お願いします。」のような平叙文を含めてどれも使うスペイン語話者やフランス語話者といった面白い傾向が見えてきます。

会話コーパス BTSJ

一方、BTSJ は、話し手と聞き手の上下・親疎などの人間関係や、談話の大きな流れや文脈を考慮した900人の450会話からなるコーパスです。「~あるよ」のような話し方を中国人はほんとうにするのか、接触場面と呼ばれる外国人と日本人とが出会ったときにお互いにどんな話し方をするのか、といったことがわかるコーパスです。

この二つのコーパスが完成したことにより、○○人の日本語の特徴や日本人の自然な日本語との相違などが実証的に検討できる環境が整い、学習者の話す日本語の不自然さとその原因の解明に役立つことが期待されています。

書籍『自然会話分析への語用論的アプローチ』『日本語学習者コーパス I-JAS入門』

(石黒圭/日本語教育研究領域・教授)