ことばの波止場

Vol. 12-1 (2022年10月公開)

特集:国立国語研究所―国語研ではこんな研究をしています(1)―

PDFで見る

言葉の使われ方が分かるデータベースを構築し、公開しています

皆さんは会話の中で、「私」を「ワタシ」と話していますか? 「アタシ」と話していますか? 「言った」は「イッタ」と「ユッタ」のどちらですか?

ワタシ42%、アタシ58%。イッタ36%、ユッタ64%
▲「私」と「言った」の会話中の話し方
(「日常会話コーパス」による)

国語研では、「コーパス」という言葉のデータベースの構築を進めています。コーパスの構築では、実際に使われた言葉を大量かつ体系的に集め、研究用の情報を付けていきます。地道でとても大変な作業ですが、コーパスは言葉の使われ方の分析など言語研究に欠かせないものです。国語研ではこれまでに、書き言葉、話し言葉、日常会話、方言、歴史資料の言葉、日本語学習者の言葉などのコーパスを構築し、公開してきました。

「日本語日常会話コーパス」には、約200時間、862人の会話が集められています。そのコーパスで調べた結果、「ワタシ」より「アタシ」、「イッタ」より「ユッタ」と話していることが分かりました。

コーパス検索アプリケーション「中納言」
▲コーパス検索アプリケーション「中納言」では、
11種類のコーパスのデータを検索できる(要ユーザ登録)。

国語研ウェブサイトのコーパス検索アプリケーション「中納言」にはさまざまなコーパスが公開されていて、ユーザ登録をしていただくことでどなたでも利用できます。気になる言葉の使われ方を調べてみませんか?

琉球列島の諸言語・諸方言のアクセントについて、音響分析も取り入れて調べています

日本本土におけるアクセント体系の分布。琉球列島宮古島の池 間方言のアクセント

「雨」と「飴」はどう発音しますか? 共通語では雨は「ア」を高く、飴は「メ」を高く発音します。日本語では、どこを高く発音し、どこを低く発音するかというアクセントが単語ごとに決まっていて、単語の意味を区別する働きをしています。ただしアクセントは地域ごとに異なっており、日本本土の方言についてはアクセントの分布がかなり明らかにされています。

琉球列島にも多くの方言がありますが、アクセントの研究は十分ではありません。国語研では、琉球語諸方言のアクセントの調査研究を進めています。琉球語諸方言のアクセントには聞き取りの難しいものも多く、耳で聞いただけで発音の高低を区別するのには限界があります。そこで、録音した音声をコンピュータで音響分析してアクセントを正確に捉える手法を取り入れています。この手法は、文末の声の上がり下がりによって文の意味を表すイントネーションの研究にも役立ちます。質問をするとき、共通語では文末が上がりますが、琉球語諸方言には文末が下がるものもあります。

琉球列島の言葉は日本本土の言葉(日本語)とずいぶん違いますが、「音」に注目すると規則的な対応関係があることが分かっています。琉球語諸方言のアクセントやイントネーションを調べ、日本語との違いがいつどのように生まれたのかを調べることは、日本語のルーツをたどることにもつながります。

さまざまな場所を訪れ、現地の人々にお話をうかがい言葉を記録させてもらっています

360度の撮影が可能なカメラ映像
▲ 青森県野辺地町での調査の様子

言語を研究する方法の一つにフィールドワークがあります。各地のさまざまな場所を訪れ、現地の人々に直接お話をうかがって、言葉を記録させてもらいます。許可が得られれば、録音や録画を行います。特に日常会話では、音声だけでなく視線や身振りといった身体の動作も重要な役割を果たします。そのため360度の撮影が可能なカメラを使用することもあります。

調査では、基礎的な語彙の聞き取りから始めます。「頭」「足」など体を表す言葉や「雨」「風」など天気を表す言葉など、日常の言語生活に必要で使用頻度の高い言葉について、地域の言葉で何と言うかを一つずつ聞いていきます。さらに、「雨が降っている」などの文について地域の言葉で何と言うか、聞き取りを行います。右の写真は、青森県野辺地町での調査の様子です。この地域で使われている南部方言では、「頭」は「あだま」、「雨が降っている」は「あめふてら」と言うことを教えていただきました。この方は料理の先生だったことから、郷土料理もたくさん教えていただきました。現地の人々と交流し、普段の生活の中で使われている言葉に触れることがとても大切です。

こうしたフィールドワークで得られた貴重なデータを研究者たちで共有するため、また地域の人々が閲覧できるように、調査データのアーカイブ化を進めています。

世界のさまざまな言語と比べると、日本語の特徴や起源が見えてきます

「国語研では日本語の研究だけをしているのですか?」と聞かれることがあります。実は、国語研では世界のさまざまな言語を研究しています。さまざまな言語と日本語を比較対照して類似点や相違点を分析することで、日本語という言語の性質について理解を深めることができます。そのために、さまざまな言語の研究者と国際的な共同研究を行っています。

例えば、ペアとなっている自動詞と他動詞の関係について研究してきました。日本語には「沸く/沸かす」のように自動詞と他動詞のペアが多数あります。そうしたペアには一方からもう一方が生まれたものがあり、そのような動詞を「使役交替動詞」と呼びます。私たちはいろいろなペアについて、自動詞から他動詞が生まれたのか、他動詞から自動詞が生まれたのかを、言語ごとに調べています。「沸く/沸かす」については、日本語では自動詞から他動詞が生まれており、ほかの多くの言語も同じであることが分かりました(地図中の赤色)。

「沸く/沸かす」の派生関係を表した使役交替言語地図
▲「沸く/沸かす」の派生関係を表した使役交替言語地図。赤色は自動詞「沸く」から他動詞「沸かす」が派生、緑色は他動詞から自動詞が派生、黄色は両方向の派生が見られる両極型、青色は自動詞と他動詞が同じ、紫色は別の語彙を用いて表現する言語を示す。
使役交替言語地図のウェブサイトでは約30のペアについてのデータを見ることができる。

このように世界のさまざまな言語を比べることで、人間言語の特徴の理解にもつながります。