Vol. 12-1 (2022年10月公開)
海外での日本語学習者はおよそ380万人と言われ、アジアを中心に増加しています。国語研では、海外の日本語学習者がどのようにして日本語を習得しているのかを調査しています。
調査は、日本の大学院への進学や日系企業への就職も多い中国・台湾・ベトナム・韓国・タイなどの大学生約600名(当初)を対象に、入学から卒業までの4年間にわたって行います。対象者には、国語研が開発した「EssayLoggerTS」というソフトウェアを使って作文を書いてもらいます。日本語学習者の作文の分析研究はこれまでも行われていますが、書かれた作文についてしか分析できませんでした。皆さんも作文を書くとき、意図が伝わる表現になるように何度も書き直すでしょう。このソフトウェアを使うと、どの部分から書き始めるのか、どのように書き直しているのか、どの部分に時間がかかったのかなどが記録されます。それを分析することで、日本語学習者にとって作文を書くときにどのような点が難しいのか、また継続的に調べることでどのように作文能力が発達していくのかが分かります。
そのようにして4年間かけて収集した約5,400本の作文から成る作文縦断コーパス※を構築し分析することで、日本語学習の効率的な方法の提案につなげていきます。一部の学習者には並行してインタビュー調査も実施しており、談話縦断コーパスを構築し、作文能力と談話能力の発達過程の関係を明らかにすることも目指しています。
※ 縦断コーパスは特定の対象のデータを時間をかけて継続的に収集したもの。同時期に広範囲の対象のデータを収集したものは横断コーパスという。
日本語と一口に言っても、地域によって言葉の形や使い方が異なります。例えば朝のあいさつも地域によってさまざまな言葉が使われてきました。
しかし近年、日本各地の方言が急速に変化し失われてきたことから、伝統的な方言を記録するため、文化庁は1977~85年に「各地方言収集緊急調査」を行い、日本全国約230地点で談話や民話を収録しました。そのときの調査結果である約7,500本のカセットテープと、方言音声を文字起こしして共通語訳を付けた約2,000冊の手書き原稿が、国語研に所蔵されています。これらは伝統的な方言の実態を知ることができる貴重な資料であることからデジタル化が進められ、一部は『全国方言談話データベース 日本のふるさとことば集成』(全20巻)として2002~08年に刊行されています。しかし、大量の資料が未公開のまま残されていました。
そこで、貴重な資料をもっと活用できるように「日本語諸方言コーパス」を構築し、2020年に公開を開始しました。各地でどのような方言が使われているかを音声でも文字でも確認できて、検索は方言と共通語の両方で可能です。2022年4月現在、80時間の方言音声が収録されており、今後もデータを追加していきます。コーパス検索アプリケーション「中納言」のユーザ登録をすると利用できるので、ふるさとの言葉や旅先で耳にした言葉を調べてみませんか?
国語研では、日本語・言語研究のための基礎資料やデータなどを整備し、広く社会に提供しています。学術研究や教育活動の成果や学術的資料もウェブサイトで公開しており、その中には日本語教育関係の資料も含まれています。
国語研では、1974年から83年にかけて『日本語教育映画 基礎編』を制作しました。日本語教育のための専用映像としては最も早い時期に制作された教材です。さらに『日本語教育映像教材 中級編─伝えあうことば』(1986~89年)と『日本語教育映像教材 初級編─日本語でだいじょうぶ』(1993~95年)も制作し、映像を活用した日本語教育の指導方法の普及をワークショップなどで推進してきました。
これら3種類の映像教材のデジタル化を進め、2022年3月からデータ配布を開始しました。利用申し込みをしていただくことで、映像をご覧いただけます。あわせてシナリオ集と語彙表をテキスト化し、関連教材とともに「学術情報リポジトリ」などで公開しています。日本語教育の現場はもちろん、日本語教材の開発史、教材分析、談話分析などの研究に活用されることを期待しています。
言葉や言葉の使われ方は変わっていきます。国語研では、同じ場所で同じ内容の調査を一定の間隔をおいて調査することで、言葉の使われ方がどのように変化したのか、地域の方言がどのような過程を経て標準語化したのかなどを調査し、研究しています。
その一つが、統計数理研究所と共同で愛知県岡崎市において行っている敬語と敬語意識に関する調査です。これまでに1953年、1972年、2008年の3回実施しています。その結果を見ると、55年間で敬語と敬語意識がどのように変化したかが分かります。例えば「家庭内の年長者等に敬語を使うべきだ」という意識を持っている人の割合は、すべての年齢層で減少してきています。2008年の第3次調査では、年齢層が低いほどその割合が低くなる傾向があり、10代では0%でした。親に対して友達と同じように話す人が増えてきた、と感じている人もいるのではないでしょうか。それが定点・経年調査のデータにはっきり表れています。
国語研では、山形県鶴岡市などでも定点・経年調査を行っています。言語の定点・経年調査は世界的に見ても珍しく貴重です。