ことばの波止場

Vol. 12-2 (2023年4月公開)

研究室訪問 : 撮影は今です!(浅原正幸)

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研究室訪問:撮影は今です!(浅原正幸 国立国語研究所 研究系 教授)

国語研の研究者の研究室──皆さんは、どのような部屋を思い浮かべますか? 壁は本棚で埋まり、机の上には本が積み重なっている……という想像をした人が多いかもしれません。ところが、浅原正幸教授は「私の研究室には本棚と言えるものはないんですよ」と笑います。確かに、机の横に小さなキャビネットがあり、そこに少しの本が並んでいるのみ。「どれも頂いた本です。自分ではほとんど本を買わないので」。その理由は後ほど。

浅原教授は、2012年から国語研でコーパスの構築に携わってきました。「アノテーションといって、ことばに品詞や係り受けなどさまざまな情報を付けていきます。アノテーションをしていく中で、早くできる文と時間がかかる文があることに気付いたのです。その差は何によって生まれているのかを知りたいと思い、文を読むのにかかる時間、“読み時間”を計測して分析しています」

アイトラッキング(視線走査)装置を使い、画面に表示された文を読むときの視線の位置と時間を計測します。「助動詞の『た』は過去の意味と完了の意味があります。文字としては同じ『た』ですが、過去の意味で使われている『た』の方が完了の意味で使われている『た』よりも、読み時間が長くなることが分かりました」と浅原教授。脳の活動の測定から過去の情報の認識には時間がかかることが報告されており、今後、ほかの分野の研究者となぜそうなるのかについて考えていきたいと語ります。知っている情報より知らない情報の方が読むのに時間がかかることも分かっています。「読み時間のデータを集めて分析していくことで、情報をどういう順番で書くと、読みやすく、相手に伝わりやすいかを評価できるようになると考えています」

なぜ読み時間に注目したのでしょうか。「比較的簡単に計測できるというのもありますが、もともと時間に興味があるのです」と浅原教授。「いつも時計を見て、あと何分でこれをやらないといけない、と考えながら仕事をしています」。研究室には、スポーツ競技場にあるような大きなデジタル時計が置いてあります。

浅原正幸教授の部屋にある黒いデジタル時計
いつも見ているという巨大な時計

懸垂マシンなどのトレーニング器具もあります。「体力維持のためです。コーパスの構築には 5年、6年とかかります。持久戦なので体力をつけるためにトレーニングをしています。椅子はひじ掛けや背もたれのない椅子を使い、背筋を伸ばすように意識しています」

さて、なぜ浅原教授の研究室には本が少ないのでしょうか。「国立国会図書館の非常勤調査員を務めていたことがあり、その電子書庫を見たときに思ったのです。日本で刊行された本は、全てここに集まる。ならば本の収集や保存は図書館に任せ、自分は図書館を利用しよう、と」

休日に図書館や書店に行くことも多いそうです。「妻と娘が本を読んだり選んだりしている一方で、私は書架の間をずっと歩き回っています。本がどのように分類され整理されているのかにも興味があるのです。実は、興味が高じて司書の資格を取得しています。私は、ものの分類や整理が得意な方だと思いますよ。アノテーションも、ことばを分類して整理していく作業です」

研究室からは富士山がよく見えます。浅原教授が時計を見て一言。「富士山がとてもきれいですよね。あと10分もすると太陽が窓の正面に来てしまうので、撮影は今です!」