2020年2月22日(土)~23日(日)、鹿児島奄美市にて「令和元年度 危機的な状況にある言語・方言サミット(奄美大会)・奄美大島(以下、危機言語・方言サミット)」が開催されました(主催・共催 : 文化庁、鹿児島県、奄美市、奄美市教育委員会、国立国語研究所、琉球大学、北海道大学アイヌ・先住民研究センター)。このサミットは危機的な状況が危惧される言語・方言の状況改善を目的として、2015年から毎年開催されているものです。
サミット1日目は、奄美市名瀬末広町にある「奄美市AiAiひろば」で始まりました。朝から多くの人が来場され、開始時間には会場に入りきれない人が廊下にあふれたため、COVID-19対策も考え、急遽、別室でのモニター中継が行われるほどの盛況となりました。
参加者にサミットへの参加動機を聞いたところ、「地域の公民館で行われるシマグチの学習会に参加している。」「シマグチで話すのが大好き。病院の待合室でぼんやりとしているお年寄りにシマグチで話しかけると、パッと表情が変わる。」「一年前から楽しみにしていた。」といった答えが即座に返り、奄美のみなさまの方言に対する意識の高さと、保存・継承への熱意を感じました。
では、なぜこのサミットの開催が必要なのでしょうか。実は、世界の言語の約半分が、今世紀中になくなってしまうと言われています。ユネスコ(国連教育科学文化機関)によると、そのような消滅危機言語が日本には8つあると報告されています。本サミットは、この8つの言語・方言に加えて東日本大震災において危機的な状況が危惧されている方言をも対象とし、研究者の講演や成果、地域による取り組み事例、そして方言を使ったコントや音楽などを発表することにより、危機的な状況を改善につなげていこうとするものです。
どの発表も大変熱心で有意義なものでしたが、この記事では主に基調講演と国語研の研究者による報告にしぼってご紹介いたします。
【極めて深刻】 アイヌ語
【重大な危機】 八重山語、与那国語
【危険】 奄美語(奄美大島・喜界島・徳之島)、国頭語(沖永良部島・与論島・沖縄本島北部)、八丈語、沖縄語、宮古語
大学院生の時、研究のために奄美を訪れた小川先生。奄美のシマグチの豊かな発音に手を焼きつつも、いつしか「シマ唄」に惹かれ、以来、シマ唄の系譜が先生の研究テーマになったそうです。この講演では、先生の面白い経験談を交えながら、唄を通して奄美のことばの特徴が語られました。
長年の研究に基づいて、先生は奄美で唄い継がれてきた唄を「シマ唄」「恋唄」「教訓歌」の3つに分類し、それぞれの唄の背景や文化、関わることばを解説しました。例えば、「シマ唄」に関わることばには下のようなものがあります。
ぐいん(御韻)、なちかしゃ(懐かしさ)、なぐるしゃ(名残さ)
「ぐいん」とは、「あの人の唄にはぐいんがあるね。」というように唄を評価する際に使われることばで、最も価値がある表現とのこと。音に関して独特のことばがあることから、奄美の人は耳が鋭く、音に敏感なのではないか、と小川先生は考察します。
多くの唄とことばを紹介した後で、先生は「奄美の方言「シマグチ」は「シマ唄」があったからこそ残ったもの。シマグチを残すためには、昔から奄美の生活に浸透していた「掛け唄」という即興性の強い掛け合い唄を復活させることが有効なのではないか。素晴らしい歌詞を作る必要はない。パターンを学び、応用していくと簡単に「掛け唄」が出来上がるので、今に生きる新しい歌詞を作って楽しんではどうか。」と提案しました。
『危機言語・方言サミット』2日目は、翌日、奄美市名瀬長浜町の奄美文化センターに会場を移して開催されました。おりしも会場前では『福祉フェスタ』が開催されており、大変賑やかな雰囲気の中、会場のホールは未就学児から高齢者までの幅広い年齢層で埋まりました。
サミット会場には両日ともに、国語研から持ち込んだモバイルミュージアムが展示されました。参加者はタブレット端末を使いながら、与論島方言に関するクイズや「あなたが住んでいる地域の方言の元気度」を判定するプログラムに挑戦し、危機言語の問題を身近に感じてくれたようです。
国語研の木部暢子先生からは、八丈、奄美、琉球地域の「危機的な状況にある言語・方言の現況報告」がありました。まずは、一般の方にはなじみの少ないであろう「危機言語」ということばを、ユネスコの指標に照らしながら、わかりやすく解説しました。
1. どのくらい次の世代に伝えられているか。
2. 方言を母語とする人がどのくらいいるか。
3. 方言を使う人たちは、地域全体のどのくらいか。
4. どのような場面で使用されているか。
5. テレビ放送などで使用されているか。
6. 教育に利用される方言の資料がどのくらいあるか。
7. 方言に対する国や市町村の政策はどうか。
8. 地域の人たちは、方言をどう思っているか。
9. 質の良い方言の資料がどのくらいあるか。
Language Vitality and Endangerment (2003.3)
UNESCO Ad Hoc Expert Group on Endangered Languages
「言語の体力測定」ユネスコの消滅危機言語に関する専門家(文化庁『危機的な状況にある言語・方言の実態に関する調査研究事業報告書』による)
続いて、方言を継承する取り組みが紹介されました。教材としては、八丈島や与論島の方言カルタ、鹿児島県・沖縄県の方言教科書、こども向け絵本、そして方言の動画作品、活動としては地方自治体や地元放送局の事例が紹介されました。ここ奄美でも、木部先生・狩俣繁久先生(琉球大学)が監修した島唄教材が作成されており、方言の辞書・辞典、文法書、談話資料と共に、方言継承活動に役立っているようです。
とはいえ、方言の保存・継承の取り組みに課題がないわけではありません。大きく次の5つの課題が示されました。
学校での方言指導において課題となっているのは、ただでさえ多忙な教員の負担が大きく、頻繁に異動があるという点です。教材開発においては、学区・校区内のバリエーションを消してしまう恐れや文字表記の問題などがあります。地域での方言活動では、企画の負担や参加者の固定化、民謡・島唄の利用では歌詞の固定化や実際の会話との差、ネット配信ではメディアリテラシーの問題などがあります。
木部先生からは「学校や地域の活動に加え、家庭でも方言を使う取り組みを増やしていきましょう」というメッセージが投げかけられました。
国語研究所の外来研究員である横山晶子先生からは、家庭の中で方言を学んでいく沖永良部島の取り組みが報告されました。
横山先生は、琉球諸語の保存・継承を目的とした「言語復興の港(代表 : 山田真寛 国立国語研究所 准教授)」のメンバーです。「言語復興の港」が行う「しまむにプロジェクト」は、家庭内で地域の言葉を使う機会を増やす取り組みをしており、ここ『ことば研究館』でも、「くんじゃい しまむにプロジェクト」や「わどぅまい (和泊)しまむにプロジェクト」といったイベントを紹介してきました。
しまむに=沖永良部島の各集落の方言のこと。
横山先生が、家庭内で使われていたことばと方言の理解度の関係を調査した結果、家庭内で方言を聞く機会があったかどうかが、方言の理解度に影響していることがわかりました。たとえ本人に話しかけなくても、こどもたちは親同士・祖父母同士が方言で話しているだけで方言を理解できるようになるそうです。
親世代は、方言は話さないけど聞いたら分かるという「潜在話者」にあたります。既に基礎的な語彙や文法が頭の中に入っているため、話す練習をすれば、比較的容易に方言が話せるようになる可能性があるそうです。
そこで、家庭内で方言を積極的に使う仕組みとして考案されたのが、「しまむにプロジェクト」でした。プロジェクトが進めているのは、次の3段階の取り組みです。
1. 夏休みの自由研究として、三世代でしまむにコンテンツ制作に取り組む
2. 作ったものや制作過程を、島内の他の人たちと共有する
3. 自分たちの取り組みを、しまむにと併せて、島外の人に紹介する
(1)で制作された作品は、紙芝居、カルタ、しりとり、レシピ、クイズなどになります。作品を作る過程でこども達が祖父母への聞き取りをしたり、親世代がこども達に教えることにより、祖父母、父母の「しまむに」発話も増えたそうです。
(2)の作品発表は、集落での練習会・報告会や介護施設の慰問で実施されました。活動は、メディアを巻き込みながら、地域の人たちにも広がりました。
(3)は、国立国語研究所での発表イベント「くんじゃい しまむにプロジェクト」や「わどぅまい (和泊)しまむにプロジェクト」にあたります。
しまむにプロジェクトは、三世代でひとつの物事に取り組むことにより家庭内の方言使用を活性化することが出来ました。さらに、家族の取り組みが、地域へ、行政へと広がっていったという、希望にあふれる報告でした。
どの取り組み事例も大変実践的なものでしたが、とりわけ、先人の教訓に学ぶ『島口カレンダー』を詠唱する3名の児童には、会場から口々に「可愛いねぇ。」「よく覚えるねぇ。」といった声が上がり、盛大な拍手が起こりました。
そのほかにも、奄美の中でも地域によって異なる「方言の聞き比べ」や「シマグチ」を活用している地元ラジオ局の番組実演などなど、5時間にも渡る長丁場にもかかわらず参加者は最後まで熱心に耳を傾けていました。
琉球大学の狩俣繁久先生からは、総括として、「あえて辛口」のコメントが出されました。「英語教育と照らし合わせて考えると、このような取り組みはあくまでも「入口」に過ぎない。中学校・高校で英語を勉強しただけでは、英語を自由に話せるようにはならないように、目指すのは方言を使って自由に自分の考えが表現できること。好きな歌詞を方言で書いたり、お気に入りの映画を方言に翻訳したり、そしてそれを外に発信したりといった「攻めの姿勢」が大切だ」と、会場に向けて強いエールが送られました。
大会宣言の後、奄美の伝統的な踊り「八月踊り」が披露され、この日も参加者が次々と舞台に飛び入りして舞い踊る、賑やかな閉会となりました。
このサミットは、危機言語の保存・継承を考えるだけではなく、「ことば」が文化の多様性を支えていく役割を持っていることを実感する良い機会となりました。なお、令和2年度は11月7日(土)~8日(日)に宮城県気仙沼市で開催が予定されています。