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2022.03.15 2022年03月15日 イベント報告

開催レポート :「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」(1)

2022年1月29日(土)~30日(日)、「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」が開催されました。このサミットの目的は大きく分けて二つあります。ひとつは、消滅の危機にある言語・方言の状況改善の取り組みを広く知ってもらうこと、もうひとつは、日本国内にあることばがいかに多様性に富んでいるかを実感してもらうことです。

開催報告「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」

本来であれば、現地・気仙沼地方にお住いのみなさまと共に開催される予定でしたが、昨今の新型コロナの感染状況を考慮し、今回はオンライン(配信:ルートデザイン)のみで実施されました。この記事では、東北地方の方言を中心に、民話や語りを交えながら「方言の魅力」をたっぷりと伝えてくれたサミットの様子をご紹介いたします。

  • サミットの動画は、編集後に文化庁のサイトで公開される予定です。ライブ配信を見逃してしまった方は、ぜひ楽しみにお待ちください。
  • サミットの資料は以下からダウンロードが可能です(公開可能なもののみ)。
    文化庁「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kikigengo/summit/93650801.html

「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」(1日目)

「被災地方言の状況と保存・継承の取組報告」
大野眞男(岩手大学嘱託教授)

岩手大学の大野眞男先生より、東日本大震災の被災地における方言の現状と活性化支援についての報告がありました。文化庁の委託を受けた方言の状況調査と保存・継承の取り組み事業は、弘前学院大学、岩手大学、東北大学、福島大学、茨城大学を中心に行われています。この報告の概要を紹介いたします。(資料公開あり)

「被災地方言の状況と保存・継承の取組報告」大野眞男(岩手大学)
「被災地方言の状況と保存・継承の取組報告」の配信画面より
被災地方言の状況

岩手県沿岸部では、現在のところ、方言を使用している人が大半を占めているようですが、こどもたちは使用していません。人口の過半を占める今の高齢者がいなくなってしまうと、話者数は激減すると予想されています。調査結果をUNESCOの「言語の体力測定」尺度に当てはめると、「間違いなく危機に晒されている」「深刻に危機に瀕している」と判定されるとのことです。

保存・継承の取り組み

大津波の後、「がんばっぺし、釜石」「なじょにかすぺっし、陸前高田」といった復興メッセージが自然と出現してきたことは、私たちの記憶にも新しいことでしょう。大野先生によると、これは「あえて方言でしか表すことのできない、地域の仲間意識や連帯的感情が込められており、方言の力強さといってもよい」そうです。危機的な状況に置かれた言語・方言を活性化させるために、復興支援に参加した言語研究者たちは、従来の客観的な研究手法とは異なる手法を取る必要がありました。それが「方言の学習教材の作成」や「方言を伝える場の設定」です。地域の一般市民や次世代の小・中学生に向けた方言での昔語りや方言演劇活動は、方言の価値に気づいてもらうことに有効であり、地域アイデンティティーの奮い起こしとなっています。このような取り組みは現在も継承されています。

基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」
小林隆(東北大学教授)

気仙沼で長年方言調査をされてきた東北大学方言研究センターの小林隆先生から、東北方言の魅力についての講演がありました。この記事では動画の公開に先立って、主な見どころをご紹介いたします。(資料公開あり)

東北方言は日本語の歴史の宝庫である
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」小林隆(東北大学)東北方言は日本語の歴史の宝庫です
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」の配信画面より

東北方言に詳しくない方でも、「メンコイ」という表現は馴染みがあるのではないでしょうか。小林先生によると、この「メンコイ」は『万葉集』に出てくる「めぐし」が変化したものだそうです。このように、東北方言には、タイムマシンでしか行けないような遠い昔の「都ことば」が今でも生きており、各地で話されています。小林先生が、『万葉集』『竹取物語』『源氏物語』『枕草子』『太平記』そして『徒然草』といった古典の文学作品を例に引きながら、当時のことばと東北方言との関係を解説していきます。

東北方言は気兼ねのいらない会話ができる
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」小林隆(東北大学)
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」の配信画面より

東日本大震災時、気仙沼に駆けつけた支援者の中には、方言がわからずに戸惑った人が少なからずいたそうです。そういったギャップの解決策として方言を紹介するパンフレットが作られたそうですが、この講演では、“そのパンフレットには盛り込めなかった内容” が紹介されました。それがコミュニケーションの取り方の違いです。東北で使われる単刀直入な言い方は、お互いを気にかけ合う関係があってこそ。相手の懐にぐぐっと入り込むような会話スタイルが理解できれば、親密で気を使わなくてよい会話が成り立つようです。

東北方言は感性豊かな表現が発達している
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」小林隆(東北大学)
基調講演「東北方言の魅力を語る―気仙沼方言を通して―」の配信画面より、感嘆詞「バー」のバリエーション

ささらさっと、ねっくねっく、のんのん、びろがろ……、東北方言はユニークで多彩なオノマトペの宝庫です。小林先生によると、「共通語では一般的なことばで済ませるところを、気仙沼ではオノマトペで表現する傾向がある」そうです。その奥には何があるのでしょうか。実際の会話音声を聴くことで、東北方言の“ほかの方言の追随を許さない” 感性と表現力が実感できます。

ナビゲーターの鈴木氏も「宮沢賢治の作品は耳から聞くと立ってくる」とコメントされていましたが、あらためて、東北方言の大きな魅力に気付かせてもらえる講演でした。動画が公開されましたら、ぜひご覧ください。

被災地方言の聞き比べ

柾谷伸夫(八戸)、北村弘子(釜石)、尾形幹男(気仙沼)、伊藤恵子(名取)、渡辺美智子(都路)、藤枝安子(茨城)。(資料公開あり)

サミットの配信画面を用いて『ことば研究館』にて構成

講演を聞いた後は、東北地方太平洋側(被災地)の方言がリアルタイムで中継されました。5つのシーンが設けられており、6人の話者が順番に、地元の自然な方言に置き換えて話してくれました。

特に、「シーン5 : 天気の話(否定疑問)」には驚きました。「明日、雨は降らないですか。」「はい/いや 降らないですよ。」「はい/いや 降りますよ。」――この受け答えを日本の共通語と英語とで比較すると、「はい/いいえ」「YES/NO」が逆になってしまうことはみなさまもよくご存じだと思います。さて、東北方言ではどんなパターンが出てくるのでしょうか。まさかのパターンも出てきますよ。

※ 敬称を略しました。

被災地方言による語り披露

「聞き比べ」でだんだんと方言が耳に馴染んだ後には、被災地方言による昔話が中継されました。地元に伝わるユニークな話を語ってくれたのは、その地で「語り」の活動をされている8名です。東北方言に登場する「都ことば」や「オノマトペ」、そして、お話が終わった後に言われる締めことばにもご注目ください。どのお話も大変表情豊かに語られたため、お子さまでも十分に理解できる内容となっています。

被災地方言による語り披露
サミットの配信画面を用いて『ことば研究館』にて構成
北村弘子(釜石)「矢の浦の渡し」

渡し舟の船頭は、毎日、綺麗なご婦人やお嬢様を舟に乗せているうちに、身なりを構わぬ働き者の妻がだんだんと嫌になってきた。ある日、ついに離縁を言い渡し、妻はしょんぼりと実家に帰る支度をするが……。

田口綾子(気仙沼・本吉)「ムカデの医者むかえ」

腹痛をおこした友達のために、医者を迎えに行くことになったむかでのお話。たくさんの足を使って誰よりも早く行くはずが、待っても待っても、むかでは帰ってこず……。

及川睦美(気仙沼・金成沢)「トンマな三人の男」

目をこする、鼻をぬぐう、体をはたくと、変わった癖を持つ三人の男。庄屋さんのお披露目に呼ばれた今日こそは、悪い癖を出さないようにと決意をするが……。

菊田和枝(気仙沼・大島)「みちびき地蔵」

村のはずれのお地蔵様には、明日死ぬ予定の人の魂が挨拶に来るという言い伝えがあった。夕暮れ時に、そこを通りがかった母子が見たものは……。

小野寺明子(気仙沼)「どっこいしょ」

ちょっと間の抜けた男が、嫁の実家に行き、美味しい「だんご」をご馳走になった。家に帰ったら、さっそく妻に作ってもらおうと「だんご、だんご」と繰り返しながら帰っていくが……。

大友静子(気仙沼)「おぶってけらい」

大みそかだというのに、正月の支度が何もできなかった貧しい老夫婦。その夜、どこからともなく「おぶってけらい。おぶってけらい。」という不思議な声が……。謎の声の主をおぶってしまったふたりの運命は?

千葉千賀子(気仙沼)「二人のむこ殿」

ある家にふたりの姉妹がいて、姉は貧乏な家に、妹は裕福な家に嫁いで行った。お正月に姉の婿殿がやって来たが、家のものは軽く見て冷遇した。姉婿殿は帰り道に裕福な妹夫婦に行き会って、大変なもてなしを受けたと話を盛り、それを聞いた妹夫婦は……。

渡辺徳子(都路)「岩清水」

働き者のたすけは気立ての良い嫁と仲良く暮らしていたが、ある時、嫁は重い病気にかかり、寝たきりとなってしまった。周囲は離縁を勧めるが、たすけは献身的に看病を続け、神様の願掛けに通う。熱心なたすけの前についに神様が現れるが、お前の命と嫁の命どちらが大事なのかと聞かれてしまう……。

※ 敬称を略しました。