2022年1月29日(土)~30日(日)、「令和3年度危機的な状況にある言語・方言サミット(気仙沼大会)」が開催されました。このサミットの目的は大きく分けて二つあります。ひとつは、消滅の危機にある言語・方言の状況改善の取り組みを広く知ってもらうこと、もうひとつは、日本国内にあることばがいかに多様性に富んでいるかを実感してもらうことです。
本来であれば、現地・気仙沼地方にお住いのみなさまと共に開催される予定でしたが、昨今の新型コロナの感染状況を考慮し、今回はオンライン(配信:ルートデザイン)のみで実施されました。この記事では、東北地方の方言を中心に、民話や語りを交えながら「方言の魅力」をたっぷりと伝えてくれたサミットの様子をご紹介いたします。
岩手大学の大野眞男先生より、東日本大震災の被災地における方言の現状と活性化支援についての報告がありました。文化庁の委託を受けた方言の状況調査と保存・継承の取り組み事業は、弘前学院大学、岩手大学、東北大学、福島大学、茨城大学を中心に行われています。この報告の概要を紹介いたします。(資料公開あり)
岩手県沿岸部では、現在のところ、方言を使用している人が大半を占めているようですが、こどもたちは使用していません。人口の過半を占める今の高齢者がいなくなってしまうと、話者数は激減すると予想されています。調査結果をUNESCOの「言語の体力測定」尺度に当てはめると、「間違いなく危機に晒されている」「深刻に危機に瀕している」と判定されるとのことです。
大津波の後、「がんばっぺし、釜石」「なじょにかすぺっし、陸前高田」といった復興メッセージが自然と出現してきたことは、私たちの記憶にも新しいことでしょう。大野先生によると、これは「あえて方言でしか表すことのできない、地域の仲間意識や連帯的感情が込められており、方言の力強さといってもよい」そうです。危機的な状況に置かれた言語・方言を活性化させるために、復興支援に参加した言語研究者たちは、従来の客観的な研究手法とは異なる手法を取る必要がありました。それが「方言の学習教材の作成」や「方言を伝える場の設定」です。地域の一般市民や次世代の小・中学生に向けた方言での昔語りや方言演劇活動は、方言の価値に気づいてもらうことに有効であり、地域アイデンティティーの奮い起こしとなっています。このような取り組みは現在も継承されています。
気仙沼で長年方言調査をされてきた東北大学方言研究センターの小林隆先生から、東北方言の魅力についての講演がありました。この記事では動画の公開に先立って、主な見どころをご紹介いたします。(資料公開あり)
東北方言に詳しくない方でも、「メンコイ」という表現は馴染みがあるのではないでしょうか。小林先生によると、この「メンコイ」は『万葉集』に出てくる「めぐし」が変化したものだそうです。このように、東北方言には、タイムマシンでしか行けないような遠い昔の「都ことば」が今でも生きており、各地で話されています。小林先生が、『万葉集』『竹取物語』『源氏物語』『枕草子』『太平記』そして『徒然草』といった古典の文学作品を例に引きながら、当時のことばと東北方言との関係を解説していきます。
東日本大震災時、気仙沼に駆けつけた支援者の中には、方言がわからずに戸惑った人が少なからずいたそうです。そういったギャップの解決策として方言を紹介するパンフレットが作られたそうですが、この講演では、“そのパンフレットには盛り込めなかった内容” が紹介されました。それがコミュニケーションの取り方の違いです。東北で使われる単刀直入な言い方は、お互いを気にかけ合う関係があってこそ。相手の懐にぐぐっと入り込むような会話スタイルが理解できれば、親密で気を使わなくてよい会話が成り立つようです。
ささらさっと、ねっくねっく、のんのん、びろがろ……、東北方言はユニークで多彩なオノマトペの宝庫です。小林先生によると、「共通語では一般的なことばで済ませるところを、気仙沼ではオノマトペで表現する傾向がある」そうです。その奥には何があるのでしょうか。実際の会話音声を聴くことで、東北方言の“ほかの方言の追随を許さない” 感性と表現力が実感できます。
ナビゲーターの鈴木氏も「宮沢賢治の作品は耳から聞くと立ってくる」とコメントされていましたが、あらためて、東北方言の大きな魅力に気付かせてもらえる講演でした。動画が公開されましたら、ぜひご覧ください。
柾谷伸夫(八戸)、北村弘子(釜石)、尾形幹男(気仙沼)、伊藤恵子(名取)、渡辺美智子(都路)、藤枝安子(茨城)。(資料公開あり)
講演を聞いた後は、東北地方太平洋側(被災地)の方言がリアルタイムで中継されました。5つのシーンが設けられており、6人の話者が順番に、地元の自然な方言に置き換えて話してくれました。
特に、「シーン5 : 天気の話(否定疑問)」には驚きました。「明日、雨は降らないですか。」「はい/いや 降らないですよ。」「はい/いや 降りますよ。」――この受け答えを日本の共通語と英語とで比較すると、「はい/いいえ」「YES/NO」が逆になってしまうことはみなさまもよくご存じだと思います。さて、東北方言ではどんなパターンが出てくるのでしょうか。まさかのパターンも出てきますよ。
※ 敬称を略しました。
「聞き比べ」でだんだんと方言が耳に馴染んだ後には、被災地方言による昔話が中継されました。地元に伝わるユニークな話を語ってくれたのは、その地で「語り」の活動をされている8名です。東北方言に登場する「都ことば」や「オノマトペ」、そして、お話が終わった後に言われる締めことばにもご注目ください。どのお話も大変表情豊かに語られたため、お子さまでも十分に理解できる内容となっています。
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※ 敬称を略しました。