国立国語研究所では、小・中学生が「ことばっておもしろい」と感じてくれるようなプログラムを実施しています。2023年6月21日(水)、柏野和佳子准教授が横浜市の捜真女学校を訪問し、「めざせ! 辞書引きの達人」というテーマで中学1年生のみなさんに出前授業を実施しました。
『岩波国語辞典 第八版』の編者も務めた柏野准教授は、最初に、『岩波国語辞典』の第七版と第八版における「オタク」の語釈の変化を生徒のみなさんに提示しました。同語の第七版での語釈は「自分の狭い嗜好(しこう)的趣味の世界に閉じこもり、世間とはつき合いたがらない(暗い感じの)者。」とネガティブな意味が顕著です。それを読み上げると、生徒のみなさんから「えー」と、意外とも失望ともつかない声が上がりました。それに対して第八版の語釈は、「特定の趣味的分野を深く愛好し、人並み以上にその分野の知識や物品を保有・収集したり、行動したりする者。」と現代的でポジティブな意味に変更されており、生徒のみなさんは「それそれ!」と言わんばかりに一斉に賛同を表す声を出し、場が盛り上がりました。
このプログラムでは、①辞書に載っていることばはどのような順番で並べてあるのか自分で並べてみる、②辞書に載っていることばはどのような意味があるのか、③辞書に載っていることばの意味(語釈)を自分で書いてみる、④辞書のとあることばにはいったいいくつの意味が載っているのか、という四つの大きな課題に沿った授業が行われました。
まず、生徒のみなさんは、辞書の見出し語の順番どおりにことばを並びかえるカード問題に取り組みました。「呼応」、「小躍り」、「コート」、「氷」、「コーラ」、「コーナー」はどの順番で並べればいいでしょうか。カードを見た生徒のみなさんはためらいながらも短時間でカードを並び替えました。わからなくなって手が止まった時には、プレイヤーだけではなく、クラスのみんなでアイディアを出しながら、盛り上がった雰囲気の中でカード問題が終わりました。
それから柏野准教授は、辞書に載っていることばは他のことばとの組み合わせにより複数の意味を持つことに気づかせようと、次のように質問をしました。「『手を挙げてください』の『手』と、『手をたたいてください』の『手』は同じ意味ですか?」。生徒のみなさんは首を振り、柏野准教授は、「『手を挙げてください』の『手』は『肩から指先までの全体』であるのに対して、『手をたたいてください』の『手』は、『手首からの先の部分』を指します」と解説しました。われわれが日常的に何気なく使っている「手」の意味も、それを組み合わせる述語、文脈によって、身体の異なる部分を指していることが分かります。
そのほか、「明日天気になぁ~れ」という時の「天気」はどんな天気? 「鍋を食べる」と言いますか、「水筒を飲む」とも言いますか? などの質問を投げかけます。それにあわせて、生徒のみなさんはどんどん辞書引きを進めていきます。
授業の最後に柏野准教授は、「意味がたくさんあることばは何?」という設問のもとで、日常的に使用されていることば「上がる」と「下がる」ではどちらの意味の数が多いか、辞書に載っている語釈の数を実際に辞書を引いて確認しました。一つのことばに対して十数個の意味があることもあります。また、同じことばであっても辞書によっては数十個もの意味に細分されていることもあります。そのことに気づいた生徒のみなさんは、辞書を引きながらお互いの辞書引きの結果を熱心に議論していました。
朝10時40分からスタートし、45分の授業を4クラスで実施しましたが、いずれのクラスでも生徒のみなさんは積極的に課題に取り組み、議論と笑い声があふれる活発な雰囲気の中で授業が終わりました。後日、担当の先生から、「昨日の授業どうだった?」と生徒のみなさんに聞いたところ、大きな声で「すごい、楽しかった」という声がいくつも返ってきた、というご報告を頂きました。授業の中で、「すごく面白い」ではなく「すごい面白い」という言い方が増えているという話があったのですが、「やはり、「すごい」という言い方でした」とのことでした。