第3号(2000年4月1日発行)
日本の名字の中に、「椛沢」さんや「椛島」さんのように木偏に「花」と書く漢字を見ることがあります。これらの「椛」の字は、読みが「かば」であることからわかるように、「白樺」(しらかば)の「樺」と同じ字で、日本人が「樺」の「華」の部分を「花」に置き換えて、新たに作り直したものです。これは日本でかなり古くから使われていて、今でも名字や地名などの固有名詞に残っています。
この「椛」の字には、漢和辞典によると、「もみじ」という訓読みも見られます。これは、もみじの葉が赤く色づいて、まるで「花」のように見えるために、新たに与えられた読み方です。先ほどの「樺」に由来する「椛」とは、別個に作られた日本製の漢字、つまり国字だと思われます。
さらに、漢和辞典や国語辞典の世界を超えて、実際のさまざまな使用例を探っていくと、「椛」にはほかにもたくさんの読み方があったことが分かります。
たとえば、各地の細かな地名には「椛」と書いて「ぐみ」とか「もも」と読ませるものなども見つかります。ぐみは岩手県の地名に見られるだけですが、ももは長野県、静岡県のほか奈良県の地名にも採集されます。これらの植物名には、中国の漢字でも「紅葉」(もみじ)、「茱萸」(ぐみ)、「桃」(もも)などの表記があるわけですが、日本各地で人々が、「花」の咲く、あるいは咲いたように見える「木」を、「椛」の字によって効果的に表現しようとした跡をうかがうことができます。
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。