国語研の窓

第5号(2000年10月1日発行)

暮らしに生きることば

否定形を省いた言い回し

最近若者を中心に「何気に」という表現をよく耳にします。もとは「何気なく」で、「(何といって)はっきりとした目的や意図のないこと」という慣用句です。本来ですと後半の否定形の「なく」の部分をとってしまうと、意味は逆に「わざと、わざとらしく」となってしまうところですが、現在流行の使い方では、否定形の部分を省略した「何気に」の形で「わざとらしくなく、それらしくなく、さりげなく」という意味に使われています。

似たようなことでは、「気が置ける」(遠慮が必要だ)と「気の置けない」(遠慮がいらない)の本来の使い方が誤用され、「気の置けない」(安心できない、気がゆるせない、打ち解けることができない)という使い方が多く見られるようになったことがあげられます。

これらの語形や意味の混乱には、いずれも、否定形を含むと、悪い意味や否定的な言い回しに感じられる、という錯覚がかかわっているようです。

ただし、すべての否定的な言い回し表現の否定形が省略されるわけではありません。たとえば「やぶさかでない」という句が、数年前、テレビの人気出演者が使って一時的に流行しかかったことがあります。この場合は終始「努力を惜しんだり、ためらったりしない」という本来の意味で使われ、「やぶさかに・やぶさかだ」というような否定形を省いた言い回しにはなりませんでした。

特殊なことばでは、「端倪(タンゲイ)すべからざる」という表現があげられます。文字通りの意味は「予想・予測ができない」という意味で、「フランス人は思いがけない発想の転換ができる端倪(タンゲイ)すべからざる存在だ」とか「端倪(タンゲイ)すべからざる感性」などと、時には誉めことばにも使われます。ところが、実際の言語生活では、誉めことばには適さないのではないか、という質問がよせられたり、「端倪(タンゲイ)すべき素顔にせまる」というように、否定形の部分が省略された誤用例もでてきました。

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。