国語研の窓

第5号(2000年10月1日発行)

調査紹介:「国語に関する世論調査」の問題別分析」

言語変化研究部長 吉岡 泰夫

「国語に関する世論調査」は、文化庁文化部国語課が平成7年度から毎年実施しているものです。現代の社会状況の変化にともなって、日本人の国語意識はどうなっているかを調査し、国語施策の参考にすることを目的としています。全国16歳以上の男女を母集団として3,000名を無作為抽出し、毎年度2,200名前後の有効回答数を得ています。

国立国語研究所では文化庁文化部国語課の依頼を受けて、平成7年度から10年度までの4回分の調査データをもとに、問題別に分析を行いました。その問題は、大きく分けて、敬語を中心とすることば遣いの問題、情報機器の字体の問題、国際社会への対応の問題の三つです。これらは国語審議会の課題と対応しており、分析結果をまとめた報告書を、国語審議会に提出しました。そのうち、敬語を中心とすることば遣いについての分析結果の一部を紹介します。

円滑なコミュニケーションのための敬意表現に地域差・社会差

「〇〇さん、おりましたらご連絡ください」は、気になるか、気にならないか?

「おりましたら」は尊敬語を使わない言い方です。方言敬語が多彩な地域(地図の青色)では「気になる」人が約7割であるのに対し、方言敬語が簡素な地域(地図の黄色)では逆に「気にならない」人が約6割です。首都圏(地図の赤色)では半々に分かれています。地域社会の言語環境が規範意識に影響を与えて、大きな地域差を生じています。

「うちの子におもちゃを買ってやりたいあげたい」ふつうに使うのはどちら?

「あげたい」を使う人は、首都圏で51.4%、10代女性で71.4%です。首都圏や若い女性の流行語とも言うべき様相を呈しています。一方、「やりたい」を使う人は、方言敬語が多彩な地域で約7割を占めています。この地域では「あげる」を謙譲語とする規範意識が保たれているために、「あげたい」を不適切な言い方と感じるのです。

目上の人に「今すぐ食べるか」と聞くとき、どんな言い方をするか?

方言敬語が簡素な地域では「食べますか」という尊敬語を使わない言い方が多くなります。一方、首都圏では「召し上がりますか」、方言敬語が多彩な地域では「食べられますか」「召し上がりますか」という尊敬語が多く使われています。また、「お召し上がりになりますか」という二重尊敬は首都圏で多く使われています。これは敬語の使い過ぎの誤りと感じる人が少なくないものです。

このように、居住する地域や所属する社会によって、敬語の使い方や、規範意識には違いがあります。さまざまな対人関係の場面で、円滑なコミュニケーションを行うには、敬意表現の多様性についての理解が各地域・各社会層に行き届いて、お互いに受容し合えることが望ましいと考えられます。相互理解は、多言語多文化の人々が共生できる社会を実現する上で不可欠のことです。

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。