国語研の窓

第8号(2001年7月1日発行)

研究室から:談話を通してみる日々の営み

私たちは、日々、さまざまな活動の中でことばを通して回りの人達とやり取りをしています。家庭、ご近所、職場、学校、公園など、なじみ深い場面では、多くの場合、特に意識しなくてもスムーズにやりとりが進むのではないでしょうか。私たちが日々の営みの中で人々と交わすことばを用いたやり取りを談話と呼びます。談話のパターンは、やり取りが問題なく進んでいる時には、ほとんど意識されません。そこで、さまざまな活動場面の談話を収録し、そこに見られるパターンを浮き彫りにする研究が行われており、その手法を談話分析と呼んでいます。

それでは、さまざまな活動場面で私達はどのような特徴をもつやり取りをしているのでしょうか。活動場面の一例として教室に焦点を当て、多くの国の小学校の授業でごく一般的に見られる談話パターンのひとつについて見てみましょう。

【談話1】

(1) 教師 日本の首都はどこですか?
はい、沙織さん。
(2) 沙織 東京です。
(3) 教師 そうですね。

この談話では、(1)教師の質問で始まり、(2)それに対して生徒(沙織)が答えを返し、(3)教師がその答えに対する評価を与えるという流れがひとつのまとまりになっています。皆さんにもなじみ深いパターンではないでしょうか。アメリカ合衆国の社会言語学者ミーアンは、このパターンを開始─応答─評価の連鎖(Initiation-Reply-Evaluation sequence)と名付け、米国の小学校でも多く見られるパターンであることを報告しています。[文献1]

【談話1】で示した例は、この連鎖の最も単純な基本形ですが、実際の教室では様々なバリエーションが見られます。例えば、ミーアンはカリフォルニア州の小学校1年生の授業で生じた次のような談話を紹介しています。

【談話2─邦訳】

(1) 教師 はい、この物語の名前は何でしょう。
(2) 生徒 (誰も答えない)
(3) 教師 誰か名前を覚えていないかな?
何についての物語でしょう?
(4) 生徒 (誰も答えない)
(5) 教師 お風呂にはいることについての物語ですか?
(6) 生徒達 いいえ。
(7) 教師 お日さまの光についての物語かな?
(8) 生徒達 いいえ。
(9) 教師 エドワード、何についてですか?
(10) エドワード 地図です。
(11) 教師 地図。
そうですね。
ここに「地図」と書いてありますね。

(文献1 59-60より邦訳、加筆の上で引用)

この談話では、(1)で教師が物語の名前を質問することでやり取りを開始していますが、(2)では生徒から教師が求めている答えが返ってきません。そこで、(3)で教師は質問を異なる言い回しで繰り返しますが、(4)でもやはり生徒からの答えは返ってきません。そこで、教師は(5)でわざと間違った答えの候補を挙げて生徒の返答を促します。ここでは質問の形が「名前は何ですか?」という名詞を求める形から、「××についてですか?」と「はい」か「いいえ」を求める答え易いものに変わっています。(6)で生徒はこの促しに答えて、「いいえ」と返答しており、(7)─(8)ではさらに(5)─(6)と同様のやり取りが繰り返されます。そこで(9)では、教師が一人の生徒(エドワード)を指名して(1)の質問を繰り返します。すると、(10)ではエドワードが「地図です。」と具体名詞を挙げて答えを返しています。(11)で、教師は、その名詞を繰り返すことによりエドワードの返答を受け取ったことを確認し、「そうですね。ここに地図と書いてありますね。」とその返答が正しい(教師の求めていたものである)という評価を与えています。【談話1】では最短の3つのターン(注:談話の中でそれぞれの話者が話す順番のこと)で構成されている開始─応答─評価の連鎖が、【談話2】では、その亜型が複数織り込まれて11のターンにまたがって構成されています。

このような、開始─応答─評価の連鎖の様々なバリエーションは教室の談話の典型的な型のひとつとなっていますが、教室の談話には他にも様々な特徴があることがわかっています。例えば、教師と生徒の間を行ったり来たりするやり取りだけでなく、生徒同士が対話的に関わる談話[文献2]や、教師が生徒同士のやり取りを促しつつ、論説的語り口の習得を導くような談話[文献3]などが報告されています。このような談話パターンは、教室における教授・学習活動のなかでそれぞれ異なる働きをします。教室で、どのような談話パターンがどんな文脈で、どれくらい使われているかということは、教室での営みがどのような教授・学習モデルによって構成されているか、どのような語り口(例えば自然科学的、論説的、詩的、等)を習得する場となっているかということと深く関わっています。そこで、談話を記述・分析することが、教室での日々の営みの特徴を浮き彫りにし、教室実践のあり方を考えることに役立てられいます。

教室以外にも私達が日々関わる活動場面にはそれぞれ歴史的に培われてきた特徴的な談話パターンがあります。私達は普段このようなパターンを、ほとんど意識しませんが、私達が意図するか否かに関わらず、談話パターンは、私達の考え方、感じ方、信条のあり方、価値判断の仕方、行動の仕方などと複雑に絡み合いながら、日々の様々な営みを構成し、特定の権力関係をも産み出しています(権力との関係について詳しくは[文献4]をご覧ください)。様々な活動場面での談話のパターンを浮き彫りにする談話分析は、私達が参加する活動のあり方を立ち止まって見直し、その豊かさや問題点について考えてみる有効な手だてのひとつです。

(當眞 千賀子)

[文献]
[1]Mehan, Hugh (1979) Learning Lessons, Cambridge, MA. : Harvard University Press.
[2]Toma, Chikako. & Wertsch, James. (1990) Sociocultural approach to mediated action: An analysis of classroom discourse. Annual Report of Research and Clinical Center for Child Development, No.13, 69-81.
[3]當眞千賀子(1997)「社会・文化・歴史的営みとしての談話」茂呂雄二(編)『対話と知─日本語談話の認知科学』新曜社
[4]當眞千賀子(1999)「ディスコースと権力」『月刊言語』1月号 vol.28 No.1 大修館書店

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。