第8号(2001年7月1日発行)
私達は毎日の暮らしの中でいろいろな気配りをしています。そして、その気配りを言葉に出して言うときが少なくありません。
では、気配りを表す言葉遣いとはどのようなものでしょう? 具体例で考えてみましょう。
☆待ち合わせの約束時間を急な用事で変更して欲しいと相手に頼むとき
◎「悪いけど、急な用事が入ったので、待ち合わせの時間ずらしてくれない?」
○「待ち合わせの時間ずらして。」
☆他の仕事をしている人にコピーを頼むとき
◎「忙しいときに悪いんだけど、これコピーしてくれない?」
○「これコピーして。」
二組の例のうち、◎印と○印の言い方を比べてみてください。相手への気配りをより強く感じ取れるのは、言うまでもなく◎印の方ですね。
どの部分の言葉がそう感じさせるのでしょう。
このように、◎印の言い方には、いろいろな気配りを表す言葉遣いが含まれています。
種明かしをするようですが、上の二つの◎印の例文は、国語審議会が提唱した「敬意表現」の実例として審議会答申に登場しているものです。
第22期国語審議会は、2000年12月に「現代社会における敬意表現」という答申をまとめ、「敬意表現」という言葉遣いを提唱しました。
この答申の冒頭部分は以下の通りです。
国語審議会は現代社会の言葉遣いの在り方を考える上で重要な概念として「敬意表現」を提唱する。
敬意表現とは、コミュニケーションにおいて、相互尊重の精神に基づき、相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣いを意味する。
それらは話し手が相手の人格や立場を尊重し、敬語や敬語以外の様々な表現から適切なものを自己表現として選択するものである。
◎印の言葉遣いが表現していた気配りは、上の「敬意表現」の定義のうち、「相手や場面に配慮して」という部分に当てはまります。そうした気配り(配慮)に基づく言葉遣いを国語審議会は「敬意表現」として取り上げたわけです。
ここで、あらためて◎印の言葉遣いを見直してみましょう。注目したいのは、二つの言葉遣いの中に「敬語」が一つも含まれていないことです。
相手に頼む場面ですから、例えば「頼みます」とか「お願いいたし ます」などのように丁寧語や謙譲語が使えるはずです。もちろん、敬語を使っても適切な言葉遣いになるのですが、審議会答申は敬語を使わない実例を意識的に挙げて、「敬語だけが敬意表現ではない」「敬語以外の様々な言い方も敬意表現だ」ということを提言しました。
答申は「敬意表現」として、この他にも次のような言葉遣いの例を挙げています。
あいさつやお礼の言葉(「おはよう、ありがとう」など)、前置きの言葉(「悪いけど」「夜分すみません」など)、全国各地の方言の多様な文末表現(「~のう、~なも、~と」など)、さらにはイントネーションや声の種類(優しい声など)などです。いずれもごく普通の言葉遣いです。
毎日の暮らしの中で、敬語だけでなく、こうした様々な「敬意表現」を意識し、大切にしていきたいものです。相手や場面への気配りは、コミュニケーションに欠かせないからです。
(杉戸 清樹)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。