国語研の窓

第8号(2001年7月1日発行)

ことばQ&A

「役不足」とは?

質問

先日、会社の同僚の結婚披露宴の司会をすることになり、「役不足ではありますが、司会をつとめさせていただきます」とあいさつしたところ、上司に「今の『役不足』は変だよ」と言われました。どういうことでしょうか。

回答

質問者は、「役不足」を「力不足」と同じような意味、つまり<ある役目を果たすには力が足りないこと>という意味だと思っているようです。

しかし本来この語は、<役目が軽過ぎて、力を十分に発揮できないこと。また、そのことへの不満>という、ほとんど正反対の意味なのです。

ですから、質問者はけんそんのつもりで「役不足ではありますが」と言ったわけですが、これは本来の意味からいけば「自分はこんなつまらない仕事をするような人間ではないのですが」「こんなつまらない仕事をしなくてはならないのは不満ではありますが」というたいへん思い上がったセリフになってしまうのです。質問者の上司はそのことを言いたかったのです。

しかしこのような「役不足」の新しい意味はかなり広がっています。人気マンガ『課長 島耕作』(弘兼憲史作・講談社刊)では、両方の意味で使われています。

A「どうだろうキミは秘書では役不足だ……もっと責任のある仕事をしてみる気はないか」(11巻・1991年刊)

B「このわしに話をつけにくるんならあんたじゃ役不足や 本社の部長ぐらいひっぱってこい!」(7巻・1990年刊)

ともに相手のことを「役不足」だと言っていますが、A(本来の意味)は相手の力を評価し、B(新しい意味)は逆に相手を見下しています。

このようなほとんど正反対の意味で使われている語は、思わぬ誤解を生みかねません。

鈴木「部長、なぜ今回のプロジェクトのメンバーに僕がはいってないんですか」
部長「鈴木君では、役不足だと思ったからだよ」

部長は鈴木君の実力を高く評価し「今回のプロジェクトは簡単過ぎるからメンバーに入れなかった」というつもりで言ったとしても、鈴木君は「お前の力では今回のプロジェクトは無理だと思った」という意味に受け取ってしまうかも知れないのです。

本来の意味とはほぼ正反対の意味で使われることがある語句には、他に「やおら立ち上がる」(ゆっくりと→急に)、「気のおけない人」(気を許していい→気を許せない)などがありますが、これらは使い手の意図どおりに受け手が理解してくれるかどうか、注意して使わなくてはいけないと言えます。

(新野 直哉)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。