国語研の窓

第9号(2001年10月1日発行)

暮らしに生きることば

「ありがとう」と「すみません」

駅のホームで近くの人に「切符、落としましたよ」と教えてもらったら、なんと言うでしょうか。「ありがとうございます」でしょうか。「すみません」でしょうか。私たちは、お礼を言う時にも「すみません」とよく言います。

日本語を学ぶ外国の人たちは、「なぜ日本語ではお礼の時に謝ることばを言うのか」と不思議に思うようです。逆に日本人が英語でお礼を言おうとして、つい日本語の癖で I’m sorryと言って変に思われたりすることもあります。

でも、いつでも「ありがとう」の代わりに「すみません」が使えるわけではありません。たとえば、「がんばって」とか「おめでとう」と言ってもらった時には、「ありがとう」は言えても「すみません」は変ですね。それは、「すみません」が自分のために何かをしてくれたことで相手にかけた負担(手間、お金、時間など)を気遣う心を表したものだからではないでしょうか。励ましや祝福のことばをかけること自体は特に負担を伴うものではないので、相手の厚意に対する自分の喜びや感謝を表す「ありがとう」がふさわしい、と考えられます。

以前、<会社で来客と会話中に同僚がお茶を出してくれたら何と言いますか>という調査をしたことがあります。その回答の中に、「出してくれた人が後輩や親しい人なら『ありがとう』、目上や先輩なら『すみません』」というものが複数ありました。どうやら、丁寧に言う時には「すみません」を使う、ということのようです。一般に日本のコミュニケーションでは、丁寧にする際には自分のことよりも相手への心配りを優先的に示すことが多いのですが、「すみません」もその一例と言えるでしょう。

時々耳にする「すみません、ありがとうございます」と二つ並ぶ言い方は、相手への気遣いと、ありがたいという思いの、両方ともを表したいからかもしれませんね。

(熊谷 智子)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。