第9号(2001年10月1日発行)
「十本」などの「十」の発音は、辞書には「ジッ」とありますが、「ジュッ」と発音するアナウンサーもいます。どちらが正しいのでしょう。
現在刊行されている国語辞典を引いてみると、見出し項目としていずれも「ジッ」の方を主に採用しています。「常用漢字表」にも「十」の読み方として、「ジュウ」と「ジッ」はあっても「ジュッ」はなく、語列として「十回」は「ジッカイ」を採っていることから、「十本」などの「十」の発音は、一般に「ジッポン」のように「ジッ」とするのが標準的であると言えそうです。
歴史的仮名遣いでは「じふ」と書くように、漢字音の系統からもともと「十」の字音は「ジフ」でした。「フ」を末尾に持つ字音は、サ行、タ行、カ行、パ行の音で始まる語に続いていくとき、例えば「合 カフ→カッ(合戦)」「執 シフ→シッ(執権)」のように促音化しました。17世紀初頭の『日本大文典』『日葡辞書』にも、当時の発音として「ジッ」に当たる発音が示されているだけで、「十本」は本来「ジッポン」であったと判断できるわけです。その一方、この「ジフ」は長音化して「ジュウ」に変化していきます。「ジュッ」が生じたのは、おそらく「ジフ」から長音化した「ジュウ」が、先のサ行等の音で始まる語に続いていくときに、既存の「ジッ」という発音に影響を受けて、「ジュウ」→「ジュッ」と類推してしまったと考えられます。
では、「ジュッ」は間違いかというと、平成5年のNHK言語調査では「十中八九」について「ジュッ」の支持者が61%と多いように、現在では「ジュッ」と発音する人がかなりいます。さらに、昭和41年のNHK放送用語委員会で「20世紀」の発音として「ニジッ・ニジュッ」の両様を採ること、また「十」の発音の「ジッ」「ジュッ」については、他の用例についてもすべてこの決定を準用することを決めています。放送での標準発音の集大成とされるNHK編『アクセント辞典』でも、41年版から「二十本」「五十歩百歩」など、両様の発音を平等に認めています。つまり、伝統的には「ジッ」であるというだけで、実際には年代層あるいは地域によっていろいろであり、同じ東京でも「ジッ」と発音する人も「ジュッ」と発音する人もいるというのが現状なのです。
時代とともに言葉は変化し、発音にも「ゆれ」が生じます。伝統的な規範があったとしても何を規範とするかについては多様性があると考えられます。
(小河原 義朗)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。