国語研の窓

第11号(2002年4月1日発行)

第8回ことばフォーラム報告

ネット・コミュニケーションと「ことば」

2002年1月19日(土)午後2時~4時 アイム・ホール(東京都立川市)
国立国語研究所・立川市共催

第8回のことばフォーラムは,将来,国語研究所が移転することになっている東京都立川市のアイムホールで立川市との共催事業として開かれました。

今回のことばフォーラムは,近年,急速に普及した電子メールや携帯電話によるメールに焦点をあてました。わたしたちの社会に新たに登場したネット・コミュニケーションによってわたしたちの日常生活がどのように変化したのかを紹介するとともに,便利で豊かな情報化社会の実現のためにはどのような対応が必要かを考えてみました。

当日は,立川市民のみなさんをはじめ109名の参加者がありました。4人のパネリストの発表のあと,パネリストによる討論・会場からの質間票による質問コーナーがありました。ここでは,パネリストの発表の内容を簡単にご紹介します。

「新聞記事からみたメディアの変化と意識の変化」 池田理恵子(国立国語研究所)

IT化の流れを「年賀状」からながめてみたい。

1980年には年賀状は万年筆を使って書くという人が多かったが,1999年になると,サインペン・ボールペン派が主流となり,パソコン・ワープロを使うと答えた人も2割に達している。

パソコン・ワープロを使った年賀状を作りたいという希望は,1997年に過半数を越え,潜在的な需要の高さをうかがわせた。その理由として,「好きな画像を使用したい」「手書きはきたない」などという意見があった。ただ,あて名は手書きでないと失礼だと思うという意見も半数近くあった。

一方,年賀メールは,2001年の調査では,4割弱の人が「使用経験があり」,「今後も使いたい」と答えているが,「もらってうれしい」人は2割ほどだった。

(以上の調査データは,筆記具メーカー・パイロットの新聞発表記事およびキヤノンのホームページの資料による)

「若者のケータイ・メール利用」 三宅和子(東洋大学)

携帯電話は,いまや私たちの生活の一部といっても過言ではないくらいに普及している。国民の4人に3人,若者では9割が携帯電話を持っているという調査がある(NRI野村総合研究所)。

かつては一家に1台もなかった電話機が「携帯可能な個人使用の方向」へと進化していった過程の延長線上にあるのが携帯電話だと言えよう。

若者が携帯電話のメールを好む理由として,次のようなものがあげられる。

  • 安い(無料あるいはメールの料金が組み込まれている)
  • 時間や場所を問わない(自分も相手も都合のいい時と場所で)
  • 私的・個人的(周りには見られず,聞こえず)
  • 自分のペース(書き直しがきく,言葉が選べる)
  • 一方的(相手の反応がすぐにはない)
  • 間接的(顔も見えず声も聞こえない)

このような背景には,若者が頻繁だが「濃い」関係ではないコミュニケーション,すわなち,気配りの負担が少なく,気後れせず,相手にも負担をかけない「やさしい,ゆるやかな」関係を望んでいるという心理が見て取れる。

「インターネットを利用したグループ・コミュニケーション」 杉本明子(国立国語研究所)

インターネットのグループ・コミュニケーションは,対人関係やコミュニケーション環境などの点において,従来のコミュニケーションと次のような点で異なっている。

  • 時間・場所からの制約の解放
  • 情報伝達の即時性
  • 多数の人との双方向的コミュニケーション

インターネット上でのグループ・コミュニケーションは,様々な地域に住む様々な社会的属性を持った人とふれあうことができ,実社会での年齢・性別・職業・地位などにかかわらず,比較的自由なやりとりができるため,平等なコミュニケーションが可能であるというメリットがある。一方で,情報の信頼性が保証されていない点,表情や身振りなどが見えないための対人感覚の欠如や常識の相違による相互不理解などに代表される「リアリティの欠如」が問題となっている。

異なる文化背景を持った人々が利用するインターネットでは,地球的規模でのルールづくりが今後重要となってくるだろう。

「若者はE-メイルでどのように気をつかうか」 加藤安彦(国立国語研究所)

若者の携帯電話でのメールのやりとりは,用件が中心の率直な表現スタイルがとられている。従来の手紙文に用いられたような「拝啓・敬具」「前略・草々」といったあいさつ表現は使用されないが,相手への配慮を示す何らかの表現が用いられていると考えられる。

実際の携帯電話によるメールのやりとりを調べてみると,次のようなことが分かった。

人間関係を相手との親密度で3段階に分けた場合,いわゆる「顔文字」は,親密度の高いグループにより多く用いられ,文末に用いられる☆♪などの記号類は,親密度が高くないグループにより多く使うということが分かった。

これは,親しい相手には,表情をそのままダイレクトに表す顔文字を使っても大丈夫だが,あまり親しくない相手に対しては,むしろ,解釈に幅を持たせられる分,☆や♪などの記号類を用いたほうが相手に誤解を生む可能性が低い,という意識の現われである。メールという新たなコミュニケーション手段において,形式は変わっても,相手への配慮は変わらずに存在しているということである。

(山崎 誠)

  第8回「ことば」フォーラム:http://www.ninjal.ac.jp/archives/event_past/forum/08/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。