第12号(2002年7月1日発行)
「医師が患者に薬を与える」ことを「投薬」と言いますが,「患者に薬を投げる」というのは,患者さんに対して失礼ではないでしょうか。
「投薬」を「薬を投げる」と読めば,確かに患者さんに対して失礼です。医療現場でも,「投薬」のかわりに「与薬」という言い方が用いられているところがあります(参考:「言葉をたずねて(第16回):「『与薬』-新語誕生の一背景-」『文教ニュース』第1579号)。
しかし,「投薬」を「薬を投(とう)ずる」と読んだ場合はどうでしょうか。この場合は,特に失礼な感じはしませんし,むしろ単に「薬を与える」と言うよりも,「治療のために薬を使う」という積極的な姿勢が感じられるようにも思います。「投~」の形の二字漢語には,「投球」(球を投げる),「投棄」(投げ棄てる)のように「投げる」と読めるものもありますが,「投資」(資本を投ずる,×資本を投げる),「投票」(票を投ずる,×票を投げる)のように「投ずる」と読むべきものも少なくありません。「投入する」も決して「投げ入れる」ことではありません。これと同様に,「投薬」も「患者に薬を投ずる」ことであり,「患者に薬を投げる」ことではないと考えられます。「投」は「投げる」という訓だけではとらえきれない意味を持つのです。
なお,中国では“投薬 tóuyào”と言うと,「ネズミやゴキブリを殺すために毒をまく」という意味になることもあるようです。中国の規範的な辞書である『現代漢語詞典(修訂本)』にも,次のような記述があります(原文は簡体字。日本語訳は筆者)。
【投薬】tóuyào (1)給以薬物服用〈薬を与えて服用させる〉。(2)投放毒薬(多用于毒殺老鼠,樟螂等)〈毒をまく(多くネズミやゴキブリなどを殺す場合に用いる)〉
(井上 優)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。