第12号(2002年7月1日発行)
携帯電話の急速な普及に伴って,近年,日本語にも変化の兆しが表れている。友人間で送信される携帯メールでは,字数を減らすために略語が使われることが多い。「明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いします」を若者が「あけおめ ことよろ」と四音節ずつに縮める会話は,メールにも同様に現れる。
こうすると漢字で表記しにくくなり,平仮名が占める割合が高くなる。携帯メールを十万字分調べると,平仮名だけで五万字を超えており,新聞と比べると平仮名が約20%多く,その分漢字が20%ほど少ない。
口頭では略さないJRの「武蔵野線」を「武線」さらに「武」まで短縮して「今、武の中」とするケースもある。これは,携帯電話でボタンを操作して入力するのが面倒なことに加え,携帯メールに入っている漢字変換ソフトが不完全なことも影響して起こった現象である。
「十一時」と変換しようとしたら「獣医知事」,「ダーリン」では「田ー林」と出る機種もあるように,漢字や片仮名が出しにくいため,さらに平仮名の割合が高まる。また,辞書で確認をしないため,携帯メールには個人がうろ覚えしている誤字や,正しいと思い込んで日常的に使っている文字や表記がそのまま現れてしまう。
例えば,「電車がこむ」のように,混雑するという意味の「こむ」の場合,ほとんどが「混む」と入力され,送受信されている。教科書や新聞では「常用漢字表」に従って「込む」と表記される語だが,携帯メールのような個人メディアとソフトでは,校閲が入らないため「混雑」や「混じった」感じに,「混」の「こん」という読みが重なって,むしろ「混む」が正しいと思い込んでいる人が多くなっている。
携帯メールの画面には,手書きよりも活字に近いデザインの文字が出るために,接触し続けることで,それが正しい表記だという意識が強まっていく可能性がある。
(笹原 宏之)
(平成14年1月,共同通信社より全国各紙に配信。)
※このコーナーは国立国語研究所所員が執筆した文章を,発行元の許可を得て転載するものです。
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。