第13号(2002年10月1日発行)
新聞や雑誌,テレビ等で,意味不明のカタカナ語や「IT」や「PC」のようなローマ字の略語が非常に多く使われているように思います。このままでは本来の日本語がなくなってしまうのではないかと心配です。
言語の歴史において,ある言語が別の言語から影響を受けて変化することはよくあることです。しかし,外来語の増加が即その言語の消滅につながるわけではありません。少なくとも,現代日本語における外来語の影響はもっぱら語彙(ごい)や文字の面に限られており,その限りでは,日本語の仕組みの基本的なところが崩れるということはありません。
有史以来,日本語に最も大きな影響を与えた言語は古代中国語です。文字・語彙・音韻・文法・文体など多岐にわたり,日本語は古代中国語の影響を受けてきました。それでも,現在日常使用されている語における漢語の比率はさほど高くありません。国立国語研究所編『テレビ放送の語彙調査I』(1995年)によれば,テレビ放送の音声では,和語が約70%,漢語が約18%,外来語が約4%,混種語が8%となっています(延べ語数の場合)。
また,外来語の使用は,分野によってかなりのかたよりがあります。外来語が多く用いられるのは,医療をはじめとする自然科学系の用語や,美容・ファッション・スポーツなどの言葉です。この場合,外来語は専門用語に近い形で用いられています。
専門用語は,その分野に属する人たちが使う分には便利なものです。特に,これまでなかった新しい事物や概念を言い表す場合には,外来語はたいへん便利です。たとえば,「マウスをクリックしてファイルを開いてください」という表現を外来語抜きでおこなうのは難しいでしょう。
近年,電子情報機器の発達や放送・出版の発展により,社会の情報流通がいっそう活発になり,これまで専門用語として用いられていた外来語が大量に日常生活に入ってきています。その結果,限られた範囲の人にしか分からない語が増えているわけです。
このことは決して「日本語が日本語でなくなる」ということではありませんが,コミュニケーションに支障が生ずる原因になっていることは確かです。これは「生活語」のあり方としてはあまり望ましいとはいえません。やはり,生活語として定着していないものは,分かりやすくするための工夫や配慮が必要でしょう。
(山崎 誠)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。