第16号(2003年7月1日発行)
国立国語研究所では,「外来語」委員会を設置し,公共性の高い場で使われている外来語のうち,一般への定着が不十分で分かりにくいものについて,分かりやすく言い換えたり,説明を付けたりするなど,言葉遣いを工夫する提案を行っています。
本紙では,委員会発足の後と(13号),第1回の中間発表後に(14号),「外来語」委員会の設立の趣旨,提案の目的,検討の経過などについて,紹介記事を掲載しています。今回は,去る4月25日,62語を対象に行った,第1回言い換え提案の最終発表の概要を紹介します。
本提案では,分かりにくい外来語を,検討の対象としています。その分かりにくさをとらえる尺度として,国民各層に対して,語ごとの理解度調査を行い,検討対象にする外来語を定めたり,語ごとに対応の姿勢を検討したりする材料としています。
理解度は,その意味を理解している人の比率を4段階に分けて,次のように星印の数で示しました。
★☆☆☆ 国民の4人に1人に満たない段階
★★☆☆ 国民の2人に1人に満たない段階
★★★☆ 国民の4人に3人に満たない段階
★★★★ 国民の4人に3人を超える段階
このうち,★☆☆☆の語は,最も分かりにくい外来語であり,公的な場面では用いない方が望ましいと考えられるものです。★★☆☆の語も,現状では,外来語のままで用いることは避けたい語ですが,今後,普及定着に向う可能性のある語も含まれていると思われます。★★★☆の語は,定着に向かっている語と思われ,外来語を用いることにさほど問題のない場合も多いでしょうが,まだ何らかの手当てが必要な語と言えるでしょう。★★★★の語は,十分に定着しており,外来語を用いることに大きな問題のない語であると考えられます。以上のなかで,★☆☆☆から★★★☆までの語を,「分かりにくい外来語」と見なしますが,それらを一律に扱うのではなく,理解度の段階差に応じて,配慮と工夫を行う必要があることを提案しました。
なお,外来語の理解度は,世代によって大きく異なることにも注意が必要です。とりわけ,60歳以上の理解度は,国民全体の理解度よりも,一段階低い語が多く,この世代への配慮が特に必要だと考え,国民全体とは区別して,理解度を示しました。
外来語の理解度・言い換え語・意味説明の例
相手に理解されるかどうかについて,常に留意しながら,分かりにくい外来語への対応を考えていく必要があるわけです。次ページに示した「ケア」の例では,手引きの第1項目に,この点への配慮をどのように行うべきかを記しています。
分かりにくい外来語を,分かりやすく表現するために留意すべき事柄には,いくつかのことが考えられます。
外来語の長所として,日本語にない新しい概念を取り入れることができるという点があります。しかし,なじみのない外来語をそのまま使うだけでは,意味が理解してもらえず,概念の伝達は不可能です。
そこで,専門的な概念を正しく伝えるためには,外来語を使う場合でも,分かりやすい説明をつける工夫が求められます。例えば,「キャピタルゲイン」という語は,資産の売却や値上がりによる収益を指す経済の専門用語ですが,この概念を一語で過不足なく言い換えることは容易ではありません。そうした場合,外来語を使いつつも分かりやすい説明を付ける方法が考えられます。
また,新しい概念を普及させ定着させるためには,的確な語で言い換えることも効果的です。例えば,治療方法などにつき十分な説明を受けた上で,患者が自らの判断で同意する「インフォームドコンセント」の考え方を普及させることは,現代社会において重要なことだと思われます。この語に関して,本提案では「納得診療」という覚えやすい語で言い換えることにより,患者の納得に基づく医療行為を示す語として,広く普及させることができるのではないかと,考えています。
もちろん,提案する一つの言い換え語で,その外来語が使われるすべての場合に対応できるわけではありません。特に,意味の広い外来語については,場面によって言い換え語を適切に使い分けることも必要になります。例えば,上に示した「ケア」という語は,放っておけない状態にある人や物に対して手当てをするという意味が基本ですから,言い換え語を一つに絞り込むとすれば,「手当て」などが適当です。ところが,一方で,福祉では「介護」,医療では「看護」,物に対しては「手入れ」などと,より具体的で分かりやすい言い換え語を想定することもでき,それらを使い分けることも大切です。
第1回の言い換え提案の全文は,本研究所ホームページ(http://www.ninjal.ac.jp/gairaigo/)で御覧いただけます。この提案がきっかけとなって,多くの人々が,それぞれの立場で,分かりにくい外来語について,分かりやすくなるような表現を工夫していただければ,幸いです。
同じページに,第2回の言い換え提案で取り上げる58語の一覧も公開中です。第2回は中間発表を8月初旬,最終発表を10月下旬に予定しています。その後も,半年に一回,数十語を取り上げて,検討結果を発表していく予定です。御意見を上記ホームページの意見欄からお寄せください。
(田中 牧郎)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。