国語研の窓

第17号(2003年10月1日発行)

日本語教育の学習環境と学習手段に関する調査研究

日本語教育の多様化を把握する

近年身の回りに日本語を話し,学習している外国の人々が増えていることは周知の事実です。日本語学習者は国内では13万人(文化庁,2003),海外では200万人(国際交流基金,1998)を超え,国内外を問わず日本語教育が拡大しています。それと同時に,学習目的や学習者の年齢などもいっそう多様化してきています。

さらに,交通手段や情報通信の高度発展に伴い,これまでのような教室の中での紙と鉛筆による日本語学習から,短期留学やホームステイなどで直接日本に来たり,インターネットを通じて海外でも簡単に生の日本語に触れたりすることができるようになりました。このように学習者及び教師の地球規模での移動や交流が加速し,様々な情報流通のあり方が変化するのに伴い,日本語を学習する,あるいは教える環境や手段も多様化し,支援のあり方も柔軟に対応する必要が出てきました。

そのためには,まず国内外で日本語を学習し,あるいは教えている人々がどのような環境で,さらにはどのような手段で日本語を学習し,あるいは教えているのかについて広く情報収集し,「多様化」と言われる現状を把握する必要があります。

海外調査

そこで,国立国語研究所日本語教育部門では国内外の地域を対象に各地域と連携しながら平成12年度より5年計画の大規模調査を実施しています。その一環として,平成13年度は微視的(個々の日本語学習や教育)及び巨視的(日本語教育が置かれている社会環境)視点から,学習者・教師の双方を対象とし,アンケートやインタビューの手法を用いてタイ(バンコック市内)における学習環境・手段に関する実態調査を行いました。その結果の一部を紹介します。

現地の中等・高等教育機関と学校教育以外の機関に属している学習者約6000人を対象にアンケート調査を実施しました。その結果,実際に日本語を使ってやりとりをしている人は少ない一方で,図に示したように日本語の授業以外の時間にも,テレビ放送やマンガ,雑誌等を通じて日本語を見たり聞いたりしている人は9割近くもいました。直接日本人と日本語でやりとりをする機会は少なくても,いかに日本語が現地の日常生活に入り込んでいるかがわかります。

日本語の授業以外で日本語を見たり聞いたりしますか?
日本語の授業以外で日本語を見たり聞いたりしますか?

語学学習というとまず教科書が思い浮ぶかもしれません。しかし,このように海外でも身の回りにある日本語を,限られた授業時間外でも学習素材として利用できるような支援のあり方も今後考えていく必要があるでしょう。現地学習者に対するインタビューの結果からも,実際にそれらの日本語を学習素材としてうまく活用している人も見られました。例えば,日本語のウェブサイトを読んで必要な情報を収集したり,日本のテレビドラマを見て聞き取りの練習をしたり,趣味の日本語雑誌を単語ノートを作りながら読むといった人がいました。

このような現状を把握し分析することによって,現地に根差した支援のあり方を具体的に検討することができます。また,それらの素材を実際の教室でどのように使えるのかといったテーマで現地教師研修や現地派遣前の教師研修を企画することもできるでしょう。このように単にお金や物ではなく,より現地に適したより具体的な支援が可能となります。

国内外の日本語教育ネットワークの構築

本年度の調査は,タイの他に国内で継続させるとともにオーストラリア(ヴィクトリア州),韓国でも実施しています。今後はマレーシア,台湾での調査も予定しています。各国と国内の調査結果を比較検討することにより,国の違いに始まる多様化の現状を越え,「学習環境・学習手段」という共通の視点で議論することができ,学習環境整備のための具体的な提言が可能となります。そして何より国内外の日本語教育ネットワークが構築され,双方向によりいっそうの日本語教育の活性化が期待されます。

本調査研究の結果は,順次ホームページ上でも公開していく予定です。

(小河原 義朗)

  「日本語教育の学習環境と学習手段に関する調査研究」<海外調査>:http://www.ninjal.ac.jp/archives/gakushu-shudan/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。