第18号(2004年1月1日発行)
ある留学生から, 大家さんのおばさんはとてもよくしてくれるのだけれど, 外出時に顔をあわせるたびに「あら, お出かけ。 どちらへ」と聞かれ, 行き先をチェックされるのが嫌だ, と相談されました。
「お出かけですか。 どちらへ」「ええ, ちょっとそこまで」これは日本語ではよくあるやりとりです。 「お出かけですか。 どちらへ」は行き先についての質問というより, 相手への関心を表す言葉と言えます。 ですから,「ええ, ちょっとそこまで」のような, 具体的な情報がない答えでもかまわないのです。 大家さんの言葉は「いってらっしゃい」と同じような挨拶(あいさつ)だから, 行き先をはっきり言わなくても大丈夫だというと, 留学生も納得していました。
仕事の打ち合わせをしたり, 授業を聞いたり, レストランで注文をしたり, 私たちは言葉をやり取りすることで必要な情報を伝え合います。 それと同時に, 人間関係を作るためにも言葉を使います。 挨拶は, まさに関係作りための言葉と言えます。
良好な関係作りのためにどのような言葉のやり取りをするかは, 文化によって違いがあります。「いいお天気ですね」など, 日本人は挨拶がわりに天気をよく話題にしますが, 中国や韓国では「ご飯を食べましたか」が挨拶になります。 初対面の相手と話すときに, 例えば年齢や出身地を話題にするかなど, どんな話題が適当かといったこともさまざまです。
また, 決まった表現をよく使うか, その時々で違った言い方をすることを好むかという違いもあります。「おはよう」 の代わりに相手の服をほめたり, お茶を入れてくれた相手に「ありがとう」ではなく「今日何かいいことでもあった?」とちょっとした冗談など, ひと工夫した表現を使うことを好む言語文化の人々からは, 日本語の定型表現が物足りなく感じられることもあるようです。
決まり文句に心を込めるのでも, 工夫を凝らしたセリフで気持ちを伝えるのでも, 相手と良い関係を築いていくために, 言葉を交わすことを大切にしていきたいものです。
(石井 恵理子)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。