第19号(2004年4月1日発行)
日本語教育部門では,現職の日本語教師及び日本語教育に関心をお持ちの方のために,「日本語教育短期研修」という短期集中型の研修会を,平成13年度より定期的に開催しています(短期研修に関する詳細は,ホームページの「短期研修」の欄で見ることができます。※注意「現在こちらのサイトは閲覧することができません」)
研修の会場は主に国立国語研究所ですが,神戸・札幌・福岡・金沢・仙台といった東京以外の地域でも研修を開催し,年間500人以上の方が参加されています。
研修には大きく分けて,「講演」を中心にするものと「グループ・ディスカッション」を中心とするものがあります。
講演を中心とする研修では,日本語教育及び日本語教育の関連分野における最新の研究成果が,分かりやすく解説されます。また,その一部は『日本語教育ブックレット』(実費500円で配布)としてまとめられています(ブックレットに関する詳細は,ホームページの「日本語教育ブックレット」の欄で見ることができます)。
日本語教育ブックレット
また,グループ・ディスカッションを中心とする研修では,現職の日本語教師が教育現場で体験する様々な問題を持ち寄り,互いに情報や意見の交換を行います。
講演とグループ・ディスカッションを組み合わせることもしばしばですが,どの形式の研修であれ,研修の目的は「多様な学習者,新たな学習ニーズに対応できる力の育成」ということにあります。企画に際しても,研修が,単なる情報の提供の場としてではなく,「日本語教師が現実に抱えている問題について,教師が自ら考え,そして自ら問題解決の糸口をつかむ」ことができるような場として機能するように工夫しています。
グループ・ディスカッションの様子
これまで短期研修でとりあげたテーマを,内容別に分類すると,以下のとおりになります。
I:「学習者」に焦点をあてたもの
「多言語環境にある子どもの言語能力の評価」(平成13年度)
「学習の多様性を探る―学習リソースの再検討―」(平成14年度)
「地域の日本語教育と視聴覚教材」(平成14年度)
「多言語環境下の子どもの言語発達・言語学習」(平成15年度)
「日本語学習をとらえなおす」(平成15年度)
II:「作文教育」に関するもの
「コンピュータと作文添削」(平成13年度)
「日本語教育とコンピュータ:コンピュータによる自由作文の自動評価システム」(平成14年度)
「論理的文章作成能力の育成に向けて」(平成14年度)
「作文教育における,日本語教師と大学専門教員との協力のために」(平成15年度)
III:日本語教育の関連分野に関するもの
「日本語教材と著作権」(平成13年度)
「対照研究と日本語教育」(平成13年度)
「日本語教育と心理学」(平成13年度)
「対照研究の成果を日本語教育に生かすために」(平成14年度)
「日本語教育における文法の役割」(平成15年度)
「ひろげる・つなぐ漢字教育の工夫」(平成15年度)
短期研修のテーマとして「学習者」「作文教育」がまとまった形で取り上げられているのは,これらのテーマが,日本語教育部門で現在行っているプロジェクトの内容と密接にかかわるものだからです。
まず,Iの「学習者」に焦点をあてた研修は,主に日本語教育部門で行っている研究プロジェクト「日本語教育の学習環境と学習手段に関する調査研究」の内容に関係するものです。
日本語を勉強する人の数は,1980年代以降,急速な勢いで増大しました。また,学習者の年齢,背景とする文化,日本語学習の目的などにおいても,かなりの多様化が進み,効率性のみを追求する教育や,従来型の一斉授業の枠組みでは対応できないような状況がいろいろなところで生じています。
このように,「多様化」は近年の日本語教育における重要なキーワードですが,「実際に何がどう多様なのか」「多様であることにどう対応すべきなのか」など,「多様化」というキーワードを理解し,教育活動に生かすためには,学習者は教室で,そして教室以外の日常の生活の中でどのように日本語を学習しているのか,その実態を把握することが必要です。
「日本語教育の学習環境と学習手段に関する調査研究」プロジェクトでは,そのような問題意識にもとづき,学習者や教師が身の回りのどのような素材を日本語学習の材料として,意識的・無意識的に活用しているかを調査しています。
短期研修では,「多言語環境にある子ども」「地域の日本語教育」といったケースを取り上げ,プロジェクトの研究成果もふまえながら,「教師や地域の人々は学習者の日本語学習をどのように支援することができるのか」という問題について,参加者と一緒に考えました。
IIの「作文教育」に関する研修も,日本語教育部門の研究プロジェクト「日本語教育のための言語資源及び学習内容に関する調査研究:日本語学習者による日本語作文データベース」に関連するものです。
本プロジェクトでは,日本語学習者に対する作文教育を改善するための基礎資料として,「日本語学習者による日本語作文と,その母語訳との対訳データベース」を作成しています。また,それと並行して,コンピュータを用いて作文教育を支援するためのツールの開発も手がけており,現在までに,
という二つのツールを作成しています。
さらに,インターネットを通じて作文の添削を行い,それを資料として収集する,
の開発も進めています。「作文教育」に関する短期研修では,まず上記のデータベースやツールについて紹介するとともに,その活用について,様々な角度から議論を行いました。
また,大学等の高等教育機関で学ぶ留学生の文章作成能力の向上ということが今後ますます重要な課題になるであろうという見通しのもと,「論理的な文章とは何か」,「文章作成指導における日本語教員と専門科目の教員の役割とは何か」という問題についても考えました。
このように,国立国語研究所の「日本語教育短期研修」は,日本語教育にかかわる方々に様々な問題について考えていただく場であると同時に,研究所で行っている研究プロジェクトの研究成果を広く世の中に紹介する場でもあります。そして,日本語教育にかかわる方々との交流を通じて,研究の次の一歩を考える貴重な機会となっています。
(井上 優)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。