第20号(2004年7月1日発行)
前号(19号)のこのコーナーでは,コミュニケーションの方略が年齢とともに発達することの紹介がありました。言葉の発達・習得は,成人になるまでの期間が何と言っても一番大きいようです。
それと比べると習得の勢いは弱くなるかもしれませんが,私たちは成人になってからも,いろいろと言葉を身につけていきます。会社に入ればその業界や職場の言葉を覚えなければなりません。社会状況が変化すれば新しい言葉も生まれ,それを習得する必要も出てきます。男性について言えば中高年になって自然に使える言葉もあるようで,「暑いですなぁ」の「~ですなぁ」などがそのひとつです。
そのようなことに興味を持ちながら,日々日本語を観察しているのですが,自分自身の言葉をふり返ったとき,自分が親になってから使い始めた言葉がいくつかあることに気づきました。
例えば「これ,おいしいから食べてごらん」の「~てごらん」のような言い方です。親になる前はこのような言い方をすることはなく,家族や友達に対してであれば「食べてみたら」でした。親になって初めて,自分の子供に対して使った言い方です。
同じような言い方を探してみると,「早く顔を洗っておいで」のような「~ておいで」や,「早く食べなさい」のような「~なさい」が見つかりました。「~ておいで」との関連で言えば,「こっちに来い!」という意味の「おいで!」などもそうです。いずれも親になってから使い始めた言い方で,それ以前だと,「洗ってきて」とか「早く食べろよ」などでした。
「~てごらん」「~ておいで」「~なさい」と並べ,これらに対応する「~て見ろ」「~て来い」「~しろ」と比べてみると,問題の表現にはどうやら〈丁寧な物言い〉という共通点があるようです。自分の子供に丁寧な物言いをするというのは,考えてみれば不思議なことですが,親としての尊厳を無意識のうちに示そうとしているのかもしれません。
(尾崎 喜光)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。