国語研の窓

第22号(2005年1月1日発行)

ことばQ&A

用件が先か,理由が先か?

質問

私は日本人で,日本の会社のインドネシア支社に勤めています。インドネシアの社員は,「今日の午後休みを取りたいのですが」などの用件を先に述べ,理由を聞かれた後に,「子供が急に病気になって」というような理由を伝えます。日本では,用件よりも理由を先に言うのが普通だと思うのですが。

回答

近年,異なる文化背景を持つ人がコミュニケーションをする機会が増えてきました。そのような場で行われる,自分と異なるコミュニケーションの方法に対して違和感を覚えることもあるでしょう。

質問にあるように,インドネシアでは,まず,相手に用件を伝えて,理由は後で述べるという順序が普通のようです。一方,日本人は,用件よりも理由を先に述べることが多いと思われますが,それは,どうしてでしょうか。

「用件」というのは,自分の要求に当たります。一方,「理由」は,なぜその要求を行いたいのか,相手に説明することを目的とするものです。そのため,「用件」を先に述べると,自分の主張が前面に出てしまい,自分の都合を優先しているという印象を相手に与えます。逆に,「理由」を先に述べると,相手への説明が優先されるわけですから,相手を重んじていて「丁寧だ」という印象を与えるわけです。

では,まず「用件」を述べるというインドネシア式の発想は,どんな考えが基になっているのでしょうか。インドネシアの友人によると,「理由」は,相手に対する説明に当たるので,それをくどくどと述べると,言い訳をしているように聞こえるそうです。それよりも「用件」をずばり述べる方が,効率的で丁寧なコミュニケーションであると言います。用件に至るまでの理由説明が長いと,相手は何が話の目的なのだろうかと推測しなければなりません。しかし,用件を先に言うと,そのような推測の手間が省けるため,相手に対して「丁寧だ」と考えられているのです。

このように,片方の考えを基準にすると,違和感のあるやり方も,別の視点で見てみると,相手に対して丁寧でありたいという根底の考えは実は同じだ,ということもあるのです。

異なる文化や言語を持つ人々との交流は,今後もますます増えることでしょう。「郷に入れば郷に従え」式にどちらかのやり方を押し付けるのではなく,コミュニケーションの背後にある考え方にも目を向けることで相互理解がより深まるのではないでしょうか。

(椙本 総子)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。