第24号(2005年7月1日発行)
外国人の友人から,「先生に『推薦書をお書きください』と言ったら不思議そうな顔をされた。丁寧な言い方をしたのにどうして?」と聞かれました。どう説明すればいいでしょうか。
「お~ください」は「~てください」よりも丁寧な表現です。実際,先生に「こちらで休んでください」と言うのはぞんざいですが,「こちらでお休みください」と言うのは適切です。しかし,同じ「お~ください」でも,先生に「推薦書をお書きください」と言うのは失礼です。これはなぜでしょうか。
「お~ください」には主に二つの使い方があります。一つは,相手の動作を促したり丁寧に誘導したりする気持ちの場合,もう一つは,「お願いですから,どうか」と懇願する気持ちの場合です。
問いの場面は「自分のために推薦書を書いてくれるよう,先生に依頼する」という場面ですが,この場合,先生に懇願しているわけではありません。また,先生のために「どうぞこちらでお休みください」と促すことはあっても,自分のために推薦状を書くよう先生の動作を促したり誘導したりするのは,厚かましい印象を与えます。先生に対して「推薦状をお書きください」と言うと失礼な感じがするのはそのためです。この場合は,「推薦状を書いていただけないでしょうか」,「推薦状を書いていただきたいのですが」という言い方が選ばれることになります。
このように,日本語を母語とする私たちは,日常生活の中で微妙な表現の調整を行い,場面に最もふさわしい表現を選んでいます。日本語を外国語として学ぶ人たちも,日本人とのコミュニケーションを通じて,相手や場面に応じた表現の調整をけっこう身につけていますが,やはり母語ではないので,日本語母語話者にとって違和感のある言い方をしてしまうことはあります。
そのようなときに,時と場合に応じて,さりげなく適切なアドバイスができれば,日本語を母語としない人たちとのコミュニケーションは,より豊かなものになるのではないでしょうか。
(井上 優)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。