第26号(2006年1月1日発行)
現在,約3万人の日本語教師が日本国内で活躍しています。彼らの多くは,大学や民間日本語教育機関の養成課程などで日本語教師になるための勉強をし,日本語を教える仕事を始めています。
しかし,養成課程を修了しただけで,日本語教師として十分な働きができるようになるわけではありません。養成課程を修了し,教師として採用されたということは,教師として一人前となったということではなく,あくまでも教師としての人生の入り口に立ったにすぎません。
小学校や中学校で働く教師には,学校の内外に様々な研修の場が用意されています。しかし,日本語教師の場合,現職教師向けの研修は,学校外においては単発的なものが多く,長期にわたるもの,教師としての成長段階に応じたものはほとんどありません。また,組織の中での研修については,その実態は明らかになっていません。教師として成長する機会というのは,日本語教育の世界ではいまだ整備されていない状況であり,その結果,日本語教育全体の発展を足踏みさせていると言えるでしょう。
こういった現状を改善するべく,教師としての資質・能力を高めたいという方々に研修の場を提供し,同時に,現職教師が身に付けるべき資質・能力は何か,それらを伸ばすにはどうしたらよいのかを実践的に研究するため,国語研究所では現職日本語教師向けの研修を行っています。複数ある研修のうち,ここでは,現職教師の継続的・段階的な成長を支援するために実施する「日本語教育長期研修」を紹介します。この研修には,「日本語教育上級研修」と「日本語教育研究プロジェクトコース」があり,それぞれ約10か月の間,様々な背景を持つ教師が,現場を離れることなく,研修に参加しています。
日本語教育上級研修は,「教育内容の改善・教育環境の整備のための方法」というテーマの下,各自の現場における実践や研究から見いだした具体的な課題を追求するものです。
「研修」というと,高名な指導者や研究者の講義を参加者が拝聴するというものや,一定の決められたメニューを全員が同時にこなしていくものなどを想像する方も多いでしょう。しかし,この研修の参加者は,各自が見いだした現場の課題を解決すべく,研修スタッフの支援を受けながら,会合や勉強会を催し,その合間に各自の作業を進めます。また,対面での会合だけでなく,メールも用いて,研修参加者同士が互いに意見を戦わせ,情報のやりとりもしながら,主体的に自身のテーマを追求していきます。
参加者がこれまで取り組んできたテーマは,外国人児童生徒に対する指導の内容と方法,語彙(ごい)や漢字,会話の教材開発,自律的学習を促す活動など,多岐にわたります。これらはいずれも,多様化し,拡大した現在の日本語教育が抱える課題だと言えます。これまでに取り組まれたテーマは,上級研修のWebサイトで御覧いただくことができます。
※注意「現在こちらのサイトは閲覧することができません」
この研修には,日本語学校や大学だけではなく,小・中学校,企業,地域の日本語教室など,様々な現場で日本語教育に携わっている教師が参加しています。関東近県だけでなく,鹿児島や福岡,山形,大阪など,遠方からの参加希望者が絶えないため,現在は,インターネットによるテレビ会議システムも活用して,会合を行っています。
国語研が実施する日本語及び日本語教育にかかわる研究と密接なつながりを持たせながら進めているのが,「日本語教育研究プロジェクトコース」です。このコースで,研修参加者は国語研の研究成果を学びながら,それを自身が抱える現場の課題に結び付け,各自の研究テーマを設定します。そして,今まさに国語研で進行中の研究を部分的あるいは間接的に経験することによって,研究の進め方や研究手法を身に付けていきます。また,課題を探求する過程では,研修を担当するスタッフだけでなく,異なる現場から集まった研修仲間とともに情報交換・意見交換をします。この活動は,具体的な問題解決法や研究手法の獲得にとどまらず,自身の実践の再検討を促し,教育改善への新たな視点,教育を社会的文脈の中で見つめる広い視野の獲得へと導いていきます。
先に紹介した「上級研修」では教師が個別の課題を持ち寄るところから研修が進められるのに対し,本コースでは,国語研が実施する研究から生まれた特定の研修テーマの下に,様々な立場の教師が集います。しかし,現職教師が自身の現場の課題に取り組むという点は,二つのコースに共通しています。これは,現場で抱える問題というものが,教師の成長を促す大きな原動力となるからです。そして,自己の教育活動を探求し,研究する力を身に付けるには,現場の視点を失わずに現場に根ざした研究活動を行うことが必須であるからです。
平成13年度から平成17年度まで,括弧に示した国語研の研究課題と関連を持たせて,次のような研修テーマを設定してきました。
これまでのコースでは,国語研の研究に対する理解を深めながら,研究課題の絞り方や研究手法を学んだり,外部の講師を呼んで,幅広く調査法を学んだり,また,自身の研究計画の紹介や進捗状況の報告をしたり,といった活動を行っています。そして,最後に発表会やレポート集の作成をし,成果を広く伝え,それをもとに新たなネットワーク作りを行うということで,コースを締めくくります。
個々の教師の成長に加え,本コースが果たす社会的な役割として,国語研が実施する先駆的な研究が,研修参加者によって今後の教育改善に直接的に結び付けられ,生かされることが挙げられます。プロジェクトコースは,国語研の研究が,現場に資するものであること,現場の課題に結び付くものであること,を現場の教師にじかに知ってもらう機会にもなっています。
国語研は,昭和52年に日本語教育長期専門研修を開始して以来,数多くの日本語教師を育成してきました。そして,修了生の多くが国内外の日本語教育におけるリーダー的な存在となっています。これは,1年足らずの短い期間であっても,国語研の研究成果に触れること,教育実践をし,振り返ること,研究を自ら経験すること,協働作業を行うこと,日本語教育を取り巻く社会を視野に入れることなどが重視されてきた結果です。また,時代の変化に伴って,研修の内容と同時にその方法においても,常に検討が繰り返され新たな手法が取り入れられてきました。
国語研の研究が日本語教育の現場の期待にこたえるものであること,またその成果を十分に生かす形で日本語教師の育成にかかわっていくこと,そしてその教師教育の在り方も,時代や社会の要請にかなうものであることを,これからも,目指していきたいと考えています。
(金田 智子・福永 由佳)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。