第27号(2006年4月1日発行)
集中豪雨を伝えるインターネット上の新聞記事に「○○川が危険水域に達し~」という表現を見掛けました。一瞬,これは「危険水位」の間違いではないかと思いました。「水域」というのは,平面的な広がりを持つもので,川がどこかの水域に達するというのは考えにくいからです。
気になって,「危険水域」と「危険水位」の実際の用例を毎日新聞のCDデータ集(1991年~2004年)で調べてみたところ,興味深いことが分かりました。
「危険水域」という言葉は,合計116回使われていますが,本来の意味の「水域」を表す例は,「戦争による危険水域を航行する商業船」「核実験の危険水域拡大」など4例にすぎませんでした。それ以外は,「〔改選議席数が〕51を割り込めば政権は危険水域に入る」「株価は危険水域に入った」のように,政局,財政,経済,社会情勢などに関することで比喩的に使われた例でした。自然現象について使われた例が1例ありましたが,ほとんどは人間活動の所産について用いられる例で,用法として固定化しつつある様子がうかがえます。形の上でも特徴が見られ,「危険水域に入る/近づく/達する/突入する」という慣用句的な形で多く使われています。
冒頭に挙げた「○○川が危険水域に達する」もこのような比喩と考えれば無理なく解釈できそうですが,似た文脈で「危険水位」を使うために,やや違和感が伴うことはいなめません。
一方,「危険水位」の方は29件あり,実際の水位を表す例が多く,比喩的に使われている例は6例でした。比喩の場合,こちらも国際関係や経済活動など政治経済的な意味で用いられているところが「危険水域」と共通しています。似た語形で同じような比喩があると紛らわしいので,こちらは比喩としては用いられなくなっていくのではないでしょうか。
なお,「危険水位」という言葉は,平成12年5月建設省(当時)と気象庁が分かりやすい洪水予報を目指して採用したものです。
(山崎 誠)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。