第28号(2006年7月1日発行)
2006年3月/アルク/税込2,940円
現在,日本語を学んでいる人は,国内外を合わせると250万人に上ります。最近では,日本のアニメや漫画を読むために日本語を学ぶ人や,日本語学習にインターネットを利用する人が増えています。日本語学習者を取り巻く環境は,私たちが考える以上に多様化しているのです。
そこで,国立国語研究所では,日本語教育の課題と実態を新たな目で見直し,将来の新たなあり方を提案する目的で,論文集『日本語教育の新たな文脈―学習環境,接触場面,コミュニケーションの多様性―』を刊行しました。ここでは,その一部を紹介します。
外国語学習というと,私たちは留学や旅行のためといったように,実用的な目的と結びつけて考えることが多いでしょう。しかし,海外の日本語教育の多くは,学習時間の少ない公開市民講座や初等・中等教育で行われており,実用と直結しない環境にあります。
1章の「海外に学ぶ日本語教育―日本語学習の多様性―」では,海外の日本語教育の様々な事例を紹介し,日本語学習の多様性について考察しています。例えば,東欧のある市民講座でのエピソードは
この市民講座は首都から遠く離れた都市で十数年間続けられています。受講生の平均年齢は80歳を越えていますが,みな大変熱心に学んでいるそうです。その中の一人は,日本に行ったことがないにもかかわらず,日本語の教科書を自分の棺に入れるように願う遺言書を残したということです。
この市民講座のエピソードは,日本語の学習がどのような意味があるのかは人それぞれであることを私たちに再認識させてくれます。
学習者の多様性の実態を知るには,「留学生」「就学生」というように,学習者を集団として捉えるのではなく,一人一人の学習環境を丹念に見ていくことが大切です。2章の「日本語学習者と学習環境の相互作用をめぐって」では,個々の学習者を取り巻く学習環境についての調査を紹介しています。
次の二つの図は,国内の学習者に対する聞き取り調査で明らかになった学習環境を図示したものです。
図1
図1では,学習者自身を表す中心の円から太い矢印が何本も出ています。これは,この学習者の学習環境には,日本語学習に役立つ人(同国人の友達, 日本人のホストファミリー等)や物(テレビ,新聞,辞典等)が豊富にあり,直接会ったり,メールや電話等を介して頻繁に交流があることを示しています。
図2
図1と比べると,図2では細長い矢印が数本しか伸びていません。このことは,この学習者の学習環境には日本語学習に役立つ人や物が少なく,日常的な交流もほとんどないことを表します。
学習環境は,その社会における学習者の位置づけによって異なると言われています。この調査の結果は,日本の社会が日本語学習者にとって学びやすい環境であるかどうかという観点から,日本語教育を問い直すための貴重な資料です。
(福永 由佳)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。