第28号(2006年7月1日発行)
最近あちこちで「立ち上げ」「立ち上げる」を見聞きします。一般に広めて使うのはどうかと思うのですが。
最近取りざたされている,「会社を立ち上げる」「新企画の立ち上げ」など組織や計画についていうこの表現は,コンピューター用語から始まったと言われています。パソコンなどを「起動する」(使用開始のため何らかの操作をして稼動可能にする)ことを「立ち上げ」とし,その操作を「立ち上げる」といいます。このことが辞書に載ったのは,昭和61(1986)年だそうで(NHK「気になる言葉」による。),1995年のパソコン入門書に用例があり(小学館『日本国語大辞典』オフィシャルサイト日国友の会ウェブサイトによる。),この二十年間のパソコン自体の飛躍的な普及が,この言葉の流行の背景と思われます。
さて,簡便に現代語の語史を調べるため,書名における用語の初出調べ(国立国会図書館蔵書検索を利用)をすることがあります。「立ち上げ」について早い例は,1977年刊行の書名(巻名)で「垂直磁場コイル電流の立ち上げ方式」でした。電気工学の電流に関する「立ち上げ」という使用例はこれ以外にもあります。さらに,1985年の経営学関連の書名(副題)に「戦略から立ち上げまでの全手順」という応用の用例がありました。
上のような専門用語の応用への違和感とは別に,この表現の使用を控えたい理由として,自動詞と他動詞を混ぜており,間違った用法である,とするものがあります。これについては,もともと日本語で自動詞と他動詞の区別ははっきりせず,どちらにもなる語がある,「飛び出す・上り詰める」など同様の複合動詞がある,「立ち聞く・立ち見る」など「立ち~」の他動詞もある,との指摘がされています(塩原経央(つねなか)『「国語」の時代―その再生への道筋―』ぎょうせい2005)。
また「立ち上がらせる」となるべきともいわれますが,「立ち上げさせる」と同様「~させる(使役)」意が強く,しかも名詞「立ち上がらせ」は成りにくいでしょう。
結局違和感を抱く人のいる以上,使用に配慮は必要です。使い手の事情(位相)もさることながら,場面や文脈によって適語を選んで言い分ける,”しなやかさ”に期待したいものです。
(山田 貞雄)
※この欄は,当研究所に実際に寄せられた「ことば」に関する質問に基づいています。
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。